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【国際法判例】オイル・プラットフォーム事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、オイル・プラットフォーム事件のICJ判決についてまとめています。

 

【事件名】オイル・プラットフォーム事件(Oil Platform Case)

【当事国】イラン v.  米国

【判決日】国際司法裁判所 (ICJ)判決:2003年11月6日

 

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事実と経過

  • 1980年〜1988年のイラン・イラク戦争に際して、イラクは湾岸地域を航行する船舶に攻撃を開始。イランもこれに応じてイラクと交易をする船舶に攻撃を開始し、第三国の船舶にもにも影響が及ぶようになると、クウェートは旗国を米国に切り替え、米海軍による保護を確保した。
  • そうした背景の下、1987年に、米国船籍のクウェートのタンカー(Sea Isle City 号)がイランからミサイル攻撃を受けたとして、米国はイランのオイル・プラットフォームを攻撃。翌88年にも、バーレーン沖公海上を航行中の米国軍艦がイランの機雷攻撃を受けたとしてオイル・プラットフォームを攻撃した。
  • 1992年、イランは、これらの米国の行為が1955年の「米国とイラン間の友好経済関係領事権条約」(以下、1955年条約)の諸条項並びに国際法の「基本的な違反」を構成するとして、同条約21条2項(裁判条項)を援用し、米国を国際司法裁判所(ICJ)に提訴。
  • 米国は、管轄権を争う先決的抗弁を行なったが、1996年12月、ICJはこれを退け、裁判所の管轄権を確認。他方で、ICJは、イランがペルシャ湾で行なった一連の行動(機雷敷設やミサイル攻撃等)が1955年条約に違反したとする米国の反訴を受理(98年3月)し、本案と併合して審理。

判決要旨

  • 87年及び88年に行われた米国のイラン石油施設に対する攻撃は、自衛権の行使として評価されるものではなく、1955年条約の第20条1項(d)に定める「本質的な安全保障上の利益を守るために必要な措置」としては正当化できない。

争点整理

  • イランの申立ては、米国の攻撃が、締約国間の領域の間の通商と航行の自由を規定した1955年条約の10条1項等に違反したというもの。したがって、同項の解釈・適用の問題。
  • 他方で、米国は、本質的な安全保障上の利益を守るために必要な措置をとることを排除しない旨規定した同条約の第20条1項(d)を援用し、自己の行為を正当性を主張した。

審理の順序

  • 1955年条約の第10条1項と第20条1項(d)のどちらを先に取り上げるかの優先順位につき、裁判所は裁量により後者の解釈・適用の問題を扱う。
  • この紛争はもともと米国の攻撃が武力行使に関する国際法(jus ad bellum)の原則に照らして合法かを巡って生じたものである。
  • 裁判所の管轄は、1955年条約 第20条1項(d)の解釈・適用にあたり、必要に応じて、米国の行動が国際法に照らして合法的な武力行使に当たるか否かの認定にも及ぶ。

個別的自衛権の要件

米国は、自己の行為を正当化するため個別的自衛権を主張しているため、以下を立証しなければならない。

  1. 米国に対する攻撃のイランへの帰責性
  2. 国連憲章第51条及び国際慣習法上の「武力攻撃」該当性
  3. 被正当化行為の「武力攻撃」に対する「必要性」及び「均衡性
  4. 自衛権行使対象の正当な軍事目標性

個別的検討

(1)Sea Isle City 号へのミサイル攻撃

ミサイル攻撃に対するイランの責任を示す証拠は十分でない。仮に帰責性の問題を留保して、米国が主張する同船を含む一連の行為全体を累積的に捉えたとしてもニカラグア事件で示されたような最も重大な武力の行使と評価されるような米国に対する「武力攻撃 armed attack」を認定することは困難。

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(2)米国軍艦の触雷
  • 機雷敷設は、イランとイラクの双方が行なっており、米国軍艦の触雷がイランの敷設した機雷によるものかどうかが問題。
  • 米国の提示した証拠は示唆的であるが、決定的でない。米艦一隻の触雷事件だけでも自衛権発動の原因になることは否定しないが、イランの帰責性が明らかでないことも含め、当時の状況から判断して、触雷事件が米国に対する「武力攻撃」を構成するとは考えない。
(3)必要性及び均衡性
  • 核兵器使用の合法性事件勧告的意見で示したように、自衛権の行使が必要性(necessity)及び均衡性(proportionality)の条件に服することは慣習国際法上の規則
  • 必要性について、両事件とも必要性があったとは考えない。均衡性について、87年の攻撃については必要性が認められたなら、均衡性のあるものとみなされたかもしれない。88年の攻撃については、重大な損害は生じたものの沈没せず、人的損害もなかった事件への対応としては均衡性があったとはいえない。 

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1955年条約第10条1項の解釈・適用

  • 同条は、両締約国の領域間の通商の自由を保証。攻撃対象となったオイルプラットフォームは、全体として石油の生産輸送に従事しており同条の保護対象。
  • しかし、87年の攻撃の際は、当該オイルプラットフォームは修理中で機能停止状態にあり、87年の攻撃の際は、イラン米国間の原油貿易は禁止されていた。そのため、オイルプラットフォームへの攻撃が、締約国領域間の通商の自由を侵害したとはいえず、イランの損害賠償は認められない

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【国際法判例】ジェノサイド条約に対する留保事件(ICJ勧告的意見)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ジェノサイド条約に対する留保事件のICJ勧告的意見についてまとめています。

 

【事件名】ジェノサイド条約に対する留保事件

【諮問機関】国連総会 

【決定日】国際司法裁判所(ICJ)勧告的意見 :1951年5月28日

 

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事実と経緯

  • 1948年12月9日、第3回国連総会は、総会決議260(III)により、ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約:the convention on the prevention and punishment of the crime of genocude)を採択し、署名を開放。
  • 同条約には留保規定はなかったが、旧ソ連等8カ国が国際司法裁判所(ICJ)の義務的管轄を定めた第9条を中心に留保を付した。これに対して一部の署名国が異議を申し立てたことを受けて、同条約の被寄託者たる国連事務総長は、この留保付き署名にいかなる法的効果を与えるべきかの指示を国連総会に求めた。
  • これに対し、国連総会は、決議478(V)により、ICJに以下の点につき勧告的意見を要請した。
  1. 留保を表明した国は、一部の条約当事国がその留保に異議を申し入れたのに対し、他の当事国は異議を申し入れなかった場合、その留保を維持したままで条約当事国とみなされるか。
  2. (1)が肯定的に答えられる場合、留保国と、留保異議国と留保承諾国との間でそれぞれ当該留保はいかなる効果は持つか。
  3. 留保に対する異議が、未批准の署名国及び未署名・未加入の国によって申し入れられた場合、その異議の法的効果はいかなるものか。

意見要旨

  • 第1の問題は、留保国は留保異議国との関係で、当該留保を維持したまま条約当事国とみなされるかというもの。国家は、その条約関係において、同意なしに拘束されず、留保も合意なければ他の当事国との関係で効果を持たない。これは確立した原則ではあるが、ジェノサイド条約においては柔軟に適用する余地がある。すなわち、国連総会の普遍的性格や同条約が広範な参加を求めていること、多数国間条約においては柔軟性が要請されていることなどの事情に言及する必要がある。
  • また、留保規定がないからといって留保が禁止されているとは結論できない。多数国間条約の性質、目的、作成と採択の方法は、留保の有効性、効果、可能性を決定するために考慮される。
  • 同条約は、国連総会によっても締約国によっても普遍的な範囲を持つ条約として意図された。また、同条約は人道的かつ文明的な目的のために採択された。このような条約では締約国自身の固有の利益を有せず、権利義務の契約上の均衡について語ることはできない。
  • 同条約の趣旨及び目的は、総会及び締約国の意図が、できるだけ多数の国々を参加させる点にあったことを示唆。他方で、参加国を確保するために条約の目的そのものを犠牲にすることを意図したとは考えられない。したがって、条約の趣旨及び目的は、留保を行う自由にも、それに異議を申し立てる自由にも限界を設ける。留保及びその異議の許容性の基準は当該留保と条約の趣旨及び目的との両立性である。(両立性の基準
  • 条約の絶対的な一体性の概念が国際法の規則になっているとは思われない。(国際連盟の留保の許容性につき全会一致を原則とする)行政慣行の存在は決定的な要素ではない。また、米州諸国では異なる慣習が存在している。したがって、第1の問題については、その抽象性のため絶対的な回答を与えることはできない。留保及びその異議に対する効果は個別事情に依存する。
  • 条約の当事国は留保の有効性を評価する権限があり、この権限を個別かつ独自の観点から行使する。すなわち、留保に異議を唱える国は、条約の趣旨及び目的という基準の枠内でその個別の評価に基づき、留保国を条約当事国としてみなすかどうかを判断する。

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【国際法判例】核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件のICJ判決についてまとめています。

【事件名】核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件

【当事国】マーシャル諸島 v. パキスタン、インド、英国 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)管轄権判決:2016年10月5日

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事実と経過

  • 2014年4月25日、マーシャル諸島共和国国際司法裁判所(ICJ)に、核兵器保有国9カ国(中国、北朝鮮、米国、フランス、英国、ロシア、イスラエル、インド、パキスタン)に対し、核軍備競争の停止及び核軍縮交渉義務を果たしていないとして提訴。
  • マーシャル諸島は、インド、パキスタン、英国に対する管轄権の基礎として、ICJ規程36条2項の強制管轄受諾宣言を主張した。(マーシャル諸島:2013年4月24日、インド:1974年9月18日、パキスタン:1960年9月13日、英国:2004年7月5日にそれぞれ宣言)
  • 他6カ国については、管轄受諾宣言を出していないため、管轄権受諾の同意が必要となる(応訴管轄:38条8項)
  • マーシャル諸島は、核兵器不拡散条約(Nuclear, Non-Proliferation Treaty, or NPT)締約国である英国に対して、NPT第6条及び慣習法上の義務違反を主張。交渉開始を求める国連総会決議に反対していること、核軍備競争の停止に対して消極的かつ妨害的な行動を取ってきたこと、核兵器に依存する意思を繰り返し表明していること等を追及。

核兵器不拡散条約(NPT)第6条

各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。

  • NPT未締約のインド・パキスタンついては、「NPT第6条の義務は、単なる条約上の義務ではなく、国際慣習法上も別個に存在」し全ての国家に適用されるとし、インドとパキスタンはこの国際慣習法の義務に違反していると主張した。
  • インド・パキスタン・英国を除く被提訴国は、管轄権に同意することなく裁判所の管轄権は認められなかったが、同3国は裁判所の管轄権及び受理可能性に対して複数の抗弁を提出した。

判決要旨

裁判所は、当事国間に紛争の存在が認められないとして管轄権を否定し、本案審理に進むことができない旨の判決をした。(3件の個別の判決であるが、全てほぼ同内容)

提訴時に当事国間に紛争が存在していなかったとする抗弁
  • 当事国間に紛争が存在することは、裁判所の管轄権を認める条件の一つである紛争が存在するためには、両者の間に、特定の国際的義務の履行あるいは不履行の問題について明らかな意見対立がなければならない。
  • 紛争は、相手国が、提訴国と明らかに意見対立があると認識していた、あるいは認識自覚していなかったはずがなかったと証明された時にその存在が認められる。
  • 紛争の存在は、提訴時の原則に基づいて認めらなければならない。
紛争の存在の根拠
  • マーシャル諸島は多数国間のフォーラムでの2つのステートメントが紛争の存在を証明するとする。
  • 第1のステートメントは、2013年9月26日の「核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合」において、マーシャル外相が行なったものである。
  • 第2のステートメントは、2014年2月13日の「第2回核兵器の人道的影響に関する会議(ナジャリット会議)」において、マーシャル諸島の代表が行なったものである。
  • 第1のステートメントは、勧告的に(hortatory terms )述べたものであり、相手国(インド・パキスタン・英国、以下同じ)が何らかの法的義務違反を主張するものとは理解されない。
  • 第2のステートメントは、核軍縮の考え方についての交渉の問題ではなく、核兵器の人道的影響についての広範な問題を扱うもの会議で行われたものであった。 (また同会議に英国は出席していなかった)さらに、同ステートメントは、全核兵器国の行動に対する 一般的な批判であり、特定の国の行動が義務に違反していると主張するものではなかった。またこのステートメントに対して相手国の反応はなかった。
  • したがって、これら2つのステートメントを個別にまたは同時に考慮して、相手国が、マーシャル諸島が相手国の義務違反を主張していたと認識していたということはできず、当事国間に法的紛争が存在していたということはできない。
提訴時または手続進行中の紛争の存在
  • マーシャル諸島が提訴したこと及び訴訟手続進行中の当事国の立場(position)が紛争の存在を示すと主張。
  • 提訴時及びそれに続いてなされた宣言や主張は様々な目的、特に紛争の範囲を明確化する目的に資するが、もともと存在していなかった紛争を新たに(de novo) 紛争を創出することはできない
  • また、マーシャル諸島は、英国の核軍縮の多数国間のフォーラムでの投票行動の記録が紛争を成立させると主張する。
  • 裁判所の見解では、国連総会のような政治的機関における決議の投票から紛争の存在を推論する慎重でなければならない。多数の主張を含む決議に対する国家の投票が、それ自体によってある一つの主張に関して他の国家との間で紛争が存在を構成するということはできない
紛争の存在の推論
  • マーシャル諸島は、相手国の行動から紛争の存在が推論(infer) されると主張。
  • 多数国間のフォーラムでなされたどちらのマーシャル諸島ステートメントも、相手国の行動に関して特定していない。このことから、相手国の行動が当事国間の意見対立を示すということはできず、当事国間の紛争を発見する基礎を提供しない。

結論 

裁判所は、当事国間の紛争の不存在に基づく管轄権に対する抗弁を認める。

 (対パキスタン・インド:9対7、対英国:賛否同数のキャスティング・ボート)

裁判所は、管轄権が欠如していることから、本案に進むことができない。

 (対パキスタン・インド:10対6、対英国:9対7)

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【国際法判例】コルフ海峡事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ICJ判決のコルフ海峡事件についてまとめています。

【事件名】コルフ海峡事件(The Corfu Channel Case)

【当事国】英国 v. アルバニア 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)

管轄権判決:1948年3月25日

本案判決 :1949年4月9日

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キーワード:#応訴管轄、#領域使用の管理責任、#国際海峡と無害通航

事実と経過

  • 1946年5月15日、北コルフ海峡を通行中の英国巡洋艦がアルバニアの沿岸砲台から砲撃を受ける事件が発生。アルバニアは英国が求める謝罪を拒否した。同海峡はアルバニア本土とコルフ島に挟まれ、アルバニアの領海を構成していた。
  • 英国は、軍艦についても沿岸国の同意なしに通航できるとの立場を表明したのに対し、アルバニアは、事前の許可が必要であると主張した。
  • 同年10月22日、英国艦隊は、軍艦の無害通航権(right of inocent passage)についてアルバニアの反応を試すことを明示的に表明しつつ、コルフ海峡を通過。この際、一駆逐艦が触雷、大破しこれを救助した別の駆逐艦も触雷して被害を受けたほか、多数の乗組員が死傷した。
  • この事件の直後、英国は、同海峡の機雷を掃海する意図を通告。アルバニアは、領海外でない限りこれを認めないとしたが、英国艦隊は11月に一方的な掃海活動を実施した。
  • 英国は、安保理にこの紛争を付託(国連非加盟国のアルバニアは投票権なしでの招請を受諾。)。1947年4月9日、安保理は、両国政府に対し国際司法裁判所(ICJ)規程に従い本紛争を直ちに同裁判所に付託するように勧告する決議(安保理決議22)を採択した。
  • これを受けて、英国はICJに対しICJ規程36条1項を根拠に一方的に事件を付託。これに対し、アルバニアは受理許容性を争う先決的抗弁を提出した。
  • ICJは、1948年3月25日の判決でこの先決的抗弁を却下。この直後、両国は付託合意(compromis)をICJに通告し、下記2点の問題について判断を求めた。
  1. アルバニアは1946年10月22日に同国の領海で生じた爆発とそれによる傷害につき、国際法上責任を有し、英国に対して賠償を支払う義務があるか。
  2. 英国はアルバニア領海における軍事行動によって、アルバニアの主権を侵害したことでアルバニアに満足を与える何らかの義務を負うか。 

判決要旨

管轄権判決

  • 裁判所への提訴には当事国の合意が必要。安保理は裁判所への付託を強制することはできない。
  • 他方、アルバニアは、英国の一方的付託に対し、英国の提訴が不正規なものであると抗議しつつも、裁判所に出廷する用意がある旨を書簡で述べている。(1947年7月2日)
  • これは、一方的提訴は強制管轄権が存在する場合にのみ可能で、それ以外の場合は付託合意によってのみ提起しうるという前提に立っている。
  • しかしながら、規程も規則も裁判所に管轄権を付与する当事者の同意が特定の形式で表明されることを求めていない。アルバニアの同書簡は、本件における裁判所の管轄権の自発的な受諾の表明するものである。(一方的付託に対する後の合意の存在)
  • よって、アルバニアの先決的抗弁を却下する。(15対1)

本案判決

(1)アルバニアの国家責任
  • アルバニアには、航行一般の利益のため領海における機雷原の存在を通知し、接近しつつある英国軍艦に対し差し迫った危険を警告する義務が存在した。
  • この義務は、人道の基本的考慮(elementary consideration of humanity)、海洋交通自由の原則、他国の権利を侵害する行為のために自国の領域を使用させてはならないというすべての国の義務に基礎をおく。
  • アルバニアは、危険海域付近の船舶に対して警告を発する時間的余裕を有したにもかかわらず、実際には事故を防止すべく何も行わなかったのであり、この重大な不作為は国家責任を引き起こす。
(2)英国の国家責任

英国艦隊がコルフ海峡を航行することはアルバニアの主権を侵害を構成するか。

  • 公海の2つの部分を結ぶ国際航行(international navigation)に供される海峡においては、沿岸国の事前の許可を受けることなく、通航が無害であることを条件に航行する権利を有し、沿岸国はその航行を禁止する権利を有さない。
  • 地理的条件と国際航行に使用されているという事実から、コルフ海峡は平時において沿岸国が通航を禁止し得ない国際航路に属すると判断する。したがって、アルバニアは海峡通航を規制することは正当化されても、通航を禁止または許可を要求することは正当化されない。
  • また、通過の態様が無害であるかが問題となるのであり、その動機については重要ではない。
  • よって、英国が事前の許可なく軍艦を通航させたことはアルバニアの主権侵害を構成しない

英国のアルバニア領海における掃海活動はアルバニアの主権の侵害を構成するか。

  • 英国は、干渉理論の特別の適用及び証拠収集のための自己保存または自助の方法であるとしてアルバニアの主権の侵害を否定した。
  • しかし、領域主権の尊重は国際関係の不可欠の基礎(essential foundation of international relations)をなし、国際法の尊重を確保するために英国海軍の行動はアルバニアの主権を侵害するものだったと宣言しなければならない。
  • よって、英国海軍がアルバニアの領海で掃海活動を行なったことはアルバニアの主権侵害を構成し、この裁判所の宣言が適切な満足(satisfaction)を構成する。

 意義及び論点

  • 安保理による勧告は、ICJへの付託について言及することがでいるが、これは強制管轄権を構成するものではなく、当事国の合意が必要。本件の先決的抗弁判決は、応訴管轄を確立した判例として著名(ただし、実際の手続は付託合意によって行われている。)。
  • パルマス島判決が一般的に認めた領域使用の管理責任を具体化。厳格責任を否定し、注意義務違反に基づく不法行為法の一般理論を採用。同原則は、国家責任法及び国際環境法分野において大きな影響。ex.ストックホルム宣言やリオ宣言
  • 人道的考慮はニカラグア事件や核兵器の使用の合法性事件でも援用され、国際人道法の発展に影響を与えた。
  • 国際海峡の基準(公海の2つの部分を結ぶという地理的条件と国際航行に使用されるという事実)及び国際海峡での無害通航停止の禁止など海洋法の発展にも大きな影響を与えた。
  • 英国艦隊の航行が無害であったかについて、英国は軍事機密を理由に情報の開示を拒否したため、裁判所が関連する全ての証拠を考慮したかどうかについては疑問がある。
  • 自衛権について、国連憲章下において初めて扱った事例であり、干渉理論の特別の適用や自助(self-help)による正当化を厳しく退けたことは、ニカラグア事件でも援用され、武力行使禁止原則と不干渉原則(principle of non-intervention)の発展に影響。

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【国際法判例】中国人慰安婦損害賠償請求事件(西松建設事件:最高裁判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、中国人慰安婦損害賠償請求事件(西松建設事件)の最高裁第一小法廷判決についてまとめています。

【事件名】中国人慰安婦損害賠償請求事件(西松建設事件) 

【判決日】最高裁第一小法廷判決:2007年4月27日

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事実と経過

  • 中華人民共和国の国民である被告2人は、第二次世界大戦当時、中国において日本軍により監禁・強姦を受けたことにより、著しい身体的・精神的苦痛を被ったと主張。日本国に対して、民法715条1項、当時の中華民国民法上の使用者責任等に基づき、損害賠償及び謝罪広告の掲載を請求
  • 被告(日本国)は、国家無答責の法理が妥当し、かつ、民法724条後段の除斥期間が経過していると主張。その上で、本訴請求にかかわる請求権は、戦後処理の過程における条約等による請求権放棄の結果、日本国がこれに応じるべき法律上の義務が消滅していると主張。

 控訴審判決(東京高裁平成17年3月18日)は、次のとおり判示。

  •  中華民国法上の使用者責任を負う。日本国法上、当該加害行為は公権力の行使に当たるとは認められないから国家無答責の法理は妥当せず、民法715条に1項に基づく損賠賠償義務が生じる。
  • 日華平和条約11条は、連合国による損害賠償請求権の放棄を定めたサンフランシスコ平和条約14条(b)に従うことを定めており、この請求権放棄は、外交的保護権の放棄のみならず、請求権自体を包括的に放棄する趣旨であると解すべき。
  • 中国国民である上告人らの損害賠償請求権は、日華平和条約によって放棄されたと認められるとして、上告人らの請求を棄却。

判決要旨

  • サンフランシスコ平和条約は、個人の請求権含め、戦争の遂行中に生じた全ての請求権を交互に放棄することを前提」としているものであり、これは、「日本国の戦後処理の枠組みを定めるものであ」る。
  • 「ここでいう請求権の放棄とは、請求権を実体的に消滅させることまで意味するものではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまると解するのが相当である」
  • 日華平和条約は、中華人民共和国政府が支配していた中国大陸については、当然にその効力が及ぶとは断定できない」(交換公文に、この条約の条項が、中華民国に関しては、中華民国政府の支配下に現にあり、又は、今後入るすべての領域に適用がある」旨記載)
  • 日中共同声明5項は、「中華人民共和国政府は、日本国に対する損害賠償の請求を放棄することを宣言する」と規定するだけで、中華人民共和国の国民が、個人として有する請求権の放棄を含む趣旨かどうかは、必ずしも明らかとは言えない。」
  • 日中国交正常化交渉の経緯に照らすと,中華人民共和国政府 は、日中共同声明5項を,戦争賠償のみならず請求権の処理も含めてすべての戦後処理を行った創設的な規定ととらえていることは明らかであり、また、日本国政府 としても、戦争賠償及び請求権の処理は日華平和条約によって解決済みであるとの考えは維持しつつも、中華人民共和国政府との間でも実質的に同条約と同じ帰結となる処理がされたことを確認する意味を持つものとの理解に立って,その表現について合意したものと解される。以上のような経緯を経て発出された日中共同声明 は、中華人民共和国政府はもちろん、日本国政府にとっても平和条約の実質を有するものにほかならないというべきである」
  • サンフランシスコ平和条約の枠組みを外れて、請求権の処理を未定のままにして戦争賠償のみを決着させ、あるいは請求権放棄の対象から個人の請求権を除外した場合、平和条約の目的達成の妨げとなるおそれがあることが明らかであるが、日中共同声明の発出に当たり、あえてそのような処理をせざるを得なかったような事情は何らうかがわれ」ない。
  • したがって、「日中共同声明5項の文言上、「請求」の主体として個人を明示していないからといってサンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる処理が行われたものと解することはできない」
  • 「以上によれば、日中共同声明は、サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる趣旨のものではなく、請求権の処理については、個人の請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄することを明らかにしたものというべきである」
  • 日中共同声明は,我が国において条約としての取扱いはされておらず,国会の批准も経ていないものであることから,その国際法上の法規範性が問題となり得る」
  • 「しかし,中華人民共和国が,これを創設的な国際法規範として認識していた ことは明らかであり、少なくとも同国側の一方的な宣言としての法規範性を肯定し得るものである。さらに、国際法上条約としての性格を有することが明らかな日中平和友好条約において、日中共同声明に示された諸原則を厳格に遵守する旨が確認されたことにより、日中共同声明5項の内容が日本国においても条約としての法規範性を獲得したというべきであり、いずれにせよ、その国際法上の法規範性が認められることは明らかである」

論点

(1)サンフランンシスコ平和条約における請求権放棄の意味
  1. 外交的保護権放棄説:国家の権利であるから、放棄するかどうかは当該国家の裁量による。
  2. 手続的権利放棄説:実体的権利まで放棄された訳ではないが、権利を国内で実現するための訴訟法上の権利は消滅=訴訟に応じる法的な義務を負わない。
  3. 実体的権利放棄説:国内法上の個人の請求権は完全に放棄。
  • 本判決では、手続的権利放棄説を支持し、これは政府の見解とも一致。
  • これまでは、国民の権利を国家が放棄することはできず、したがって権利放棄条項を理由として個人の権利請求権の行使を否定することはできないとする見解と実体的権利放棄説に基づく見解と二分。
  • 国内法に基づく権利であるから、これを国家が放棄することは主権の属性として可能。
  • 賠償請求を行う個人の権利が、慣習国際法ないし特定の条約に基づく場合は、こうした理論だけでは解決できない=国際人道法・人権法に基づく個人の損害賠償請求権の場合はどうか。
(2)日中共同声明における放棄
  • 本来の文言解釈=準備作業や声明作成の際の事情等の検討等なしに、「請求権放棄」の意味を検討。
  • 声明の法的効力に関して、日中平和友好条約の前文における言及から同声明の内容が「条約としての法規範性を獲得した」とする→前文の法的意義に関する一般的理解と相違。

サンフランシスコ平和条約 14条
(b)この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する

(b) Except as otherwise provided in the present Treaty, the Allied Powers waive all reparations claims of the Allied Powers, other claims of the Allied Powers and their nationals arising out of any actions taken by Japan and its nationals in the course of the prosecution of the war, and claims of the Allied Powers for direct military costs of occupation.

日華平和条約 第十一条
 この条約及びこれを補足する文書に別段の定がある場合を除く外、日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた問題は、サン・フランシスコ条約の相当規定に従つて解決するものとする。

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