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【国際法判例】ジェノサイド条約適用事件(ボスニア対セルビア:ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ICJ判決のジェノサイド条約適用事件についてまとめています。

【事件名】ジェノサイド条約適用事件

【当事国】ボスニア・ヘルツェゴビナ v. セルビア・モンテネグロ

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)判決:2007年2月26日

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事実と経過

判旨

ジェノサイドの存在

  • 条約第1条は、締約国にジェノサイドを防止し、処罰する義務を定めるが、条約は、締約国にジェノサイドを実行しないことも義務付けていると解釈。
  • 条約第2条によると、ジェノサイドとは、①「国民的、民族的、人種的又は宗教的集団」の、②「全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図」を持って、③集団構成員の殺害等列挙された行為をすること意味する。
  • スルプニカ共和国軍によるスレブレニツァの虐殺(1995年7月、約7000人のムスリムが殺害)については、旧ユーゴ国際刑事裁判所ICTY)がジェノサイドを認定した。裁判所は同認定を踏襲し、虐殺がジェノサイドであったと認定する。

集団の行為の国家への帰属

  • スルプニカ共和国のジェノサイド行為が、セルビアに帰属すると認定できれば、セルビアの国家責任を追及可能。
  • 国際慣習法及び国家責任条文4条に照らして、スルプニカ共和国がセルビアの国内法上の機関であったとは認定できない。
(1)行為の帰属基準
  • ニカラグア事件で判示したように、国内法上の機関でなくても、人又は集団が国内法上の国の機関の地位を持たない場合でも、事実上、国に「完全に従属」する場合には、当該集団の行為は国に帰属する。
  • しかし、スルプニカ共和国は、セルビアから支援は受けていたものの、虐殺時には限定的であるが独立性はあったのであり、「完全に従属」していたとは言えず、事実上の国の機関とは認定できない。
  • 国際慣習法である国家責任条文8条によれば、人又は集団が国の機関の地位を持たない場合でも、違法行為が国の指示又は指揮もしくは支配の下で行われたならば、当該集団の行為は国に帰属する。
  • 同条は、ニカラグア事件で判示した基準に照らして解釈され、「実効的支配(effective control)」が証明されなければならない。違法行為が国家に帰属するためには、違法行為を行った人又は集団によりとられた行動全般に対してではなく、違法と主張される個々の行為に対して国の「実効的支配」が行使された又は指示があったことが示されなければならない
(2)全般的支配と実行的支配
  • これに対し、ボスニアは、ICTY上訴裁判部のタジッチ事件判決(1999年)が判示した「全般的支配(overall control)」の基準の採用を主張した。
  • これは、集団殺害は多くの特定行為が異なる時と場所でなされることにより構成されるという特殊な性格を有することから、個々の行為に対して「実効的支配」が存在する必要なく、作戦全体に対して「全般的支配」が存在すれば十分であるというものである。
  • しかし、「全般的支配」の基準は、武力紛争の国際性の基準としては適切であるが、国家責任の基準としては説得力を欠く。国際違法行為の性格によりこれを国に帰属させる規則は変わるものではなく、「全般的支配」の基準は行為と国家の間に存在すべき結びつきをほとんど断ち切るという欠陥を有することから採用できない。
  • スレブレニツィアの虐殺はセルビアの関与の下に行われたが、それは実効的支配に該当するものではなかった。
  • 以上から、スルプニカ共和国のジェノサイドはセルビアに帰属しない

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ジェノサイドを防止する義務

  • ジェノサイドを防止する義務は行為の義務であり、「相当の注意」義務を果たしたか否かにより国家の責任の有無が決定する。この防止義務の履行は、ジェノサイドの行為者に対する影響力等によって評価される。
  • また、防止の手段がジェノサイドの防止に十分であったか否かは無関係である。この義務は、国家がジェノサイドの危険を知っていたか、通常知るべきであったことが必要である。
  • セルビアは、スルプニカ共和国と強固な関係にあり「影響力」を行使できる立場にあったこと、当時の状況からスレブレニツァが占領された時点でジェノサイドが行われる危険を了知していなかったとは考えられないこと等から、セルビアはジェノサイドを防止するために措置をとらなかったことにより防止義務に違反した。

義務違反に対する賠償

  • セルビアの防止義務違反とスレブレニツァのジェノサイドの間に因果関係はなく、防止義務を履行すれば虐殺を回避され得たとは証明されなかった。故に金銭賠償ではなく、満足(サティスファクション)が適切である。
  • 判決主文において、セルビアが防止義務を履行しなかったとの宣言がサティスファクションを構成する。

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【国際法判例】核実験事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ICJ判決の核実験事件についてまとめています。

【事件名】核実験事件(Nuclear Test Case)

【当事国】オーストラリア v. 仏(ニュージーランド v. 仏) 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)仮保全措置命令:1973年6月22日、本案判決:1974年12月20日

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事実と経過

  • 仏は、1966年から南太平洋ポリネシア領で核実験を累次にわたり実施。これに対し、豪・ニュージーランドなどの南太平洋諸国は抗議。これを背景に両国では非核綱領を掲げる労働党政権が誕生。1973年1月3日、豪は、大気圏核実験が法的規範に反するという内容の抗議文書を仏に送付。
  • 同年5月9日には、ICJ規程第36条1項と第37条、1928年国際紛争平和的処理に関する一般議定書17条、代替的にICJ規程36条2項を根拠に、以下を求めて仏をICJに提訴。同時に、核実験の停止を求める仮保全措置も要請。
  1. 南太平洋における大気圏核実験の実施は、適用される国際法の諸規則に違反すると判決し、宣言すること。
  2. 仏がこれ以上そのような核実験を行わないよう命令すること。
  • 仏は、5月16日の書簡において、1928年議定書の効力は消滅したこと及び「国防」に関する事項は管轄権受託宣言から除外されていることを主張し、管轄権を否定した(その後、訴訟プロセスには参加せず。)。

命令要旨

  • 保全措置を指示するには、原告が主張する権利が、一応(prima facie)裁判所の管轄権内にあることが必要。
  • 原告は、①大気圏核実験からの自由の侵害、②放射性降下物が堆積及び飛散することによる領域主権侵害と自国内の行為を独自に決定する権利の侵害、③公海自由の権利の侵害を主張。
  • ②については、大気圏核実験に起因する放射性物質の堆積が損害を生じさせ、回復不能であることが立証されうる可能性があることを指摘すれば十分である。
  • 従って、裁判所は仏に対し、放射性下降物の堆積をもたらす核実験を避止すべきであることを命ずる(8対6)

判決要旨

  • 裁判所は、「司法機能の行使に対する固有の限界」(北部カメルーン事件)を遵守するために必要な行動をとる固有の管轄権が存在。管轄権及び受理可能性に優先して、本質的に先決的な問題である「紛争の存在」について検討する。
  • 紛争の存在をに認定するにあたり、まずは請求の真の趣旨及び目的を明らかにしなければならない。請求の全体、原告の議論、外交文書、公的声明等から総合的に検討すれば、それは、裁判所による宣言的判決ではなく、南太平洋で仏が行なっていた大気圏核実験の終了である。
  • 裁判所は、被告の行動に関するあらゆる展開を考慮する。仏大統領の記者会見や国防大臣のインタビューから、仏は1974年の一連の実験が終われば大気圏核実験の実施を止めるという意図を公に示したと判断する。
  • 一方的行為としてなされた法的・事実的状況に関する宣言が法的義務を創設する効果を持つことは認められる。この種の約束は、公になされ拘束される意図を有すれば他国の受諾や反応がなくとも拘束的となる。なお、国家の自由を制限する声明の場合は厳格な解釈が要求される。
  • 創設される法的義務の基本的原則は信義誠実の原則であり、関係利害国が一方的宣言を了知し、それを信頼するならば当該義務の履行を要求する権利を有する。仏の一方的宣言は、公にそして対世的になされたものであり、法的拘束力を有する約束を構成すると結論する。
  • 当事国間の紛争の存在は、裁判所が司法機能を行使するための第一義的な条件。核実験を終了するとした仏の一方的宣言は本件紛争を消滅させた。裁判所は、原告の請求は目的を失い、それに対する判決を下す必要はないと結論する。(9対6)

論点

(1)仮保全措置命令において、潜在的危険と損害可能性のみで権利保全を認めたことから、危険責任主義予防原則等の国際環境法に発展を示唆。

(2)豪は、部分的核実験禁止条約の大気圏核実験禁止規定の慣習法化を主張するも多数意見は検討せず。

(3)国家の一方的行為の法的拘束力を認めた先例として著名。 

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国際法学習者のためのおすすめの教科書、判例集、演習本

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大学時代、法学部で約2年ほど国際法を勉強していた時のおすすめの基本書等をまとめました。とりあえずザーッと書いたので折を見て全体的に補充します(2017年8月)。

2020年1月、見直しました。流石に3年も経てば版を重ねるものもありますね。今から思えば、他にもメジャーな基本書もあるのだと思うのですが、まあ自分が使っていたものしか紹介しようがないので、こういう感じになるんだと思います。

 

基本書

順不同です。それぞれのレベル・状況に合わせてどうぞ。

基本国際法(杉原)

必要なトピックを押さえた上で網羅的にまとまっているので、復習用にざっと読むのに最適。複数人の著者による編著でないところもGOOD。ただし通読するには初学者にはとっつきにくい。自分も他の基本書で一通り国際法を学んでから読みました。本ブログの記事の多くはこの本をベースにしたもの。 

国際法有斐閣Sシリーズ(松井他)

非常にコンパクトにまとまっていて導入に最適。そしてハンディ。なんだかんだ一番お世話になったかもしれない一冊。  

国際法(酒井他)

高度で専門的。最先端の議論をフォロー。分厚い。お値段もそれなり。よっぽど好きならいいのかなと思いつつ、図書館で読むくらいでした。持ってたらかっこいい。 

国際法(浅田他)

恩師の編書。編書ということもあり各章でムラがある印象だが、基本的にはわかりやすく解説されていてトピックごとにはよく参照していました。章末問題がついているので頭の体操にもなる(演習本の少ない国際法では重要!)。いつの間にか第3版、と思っていたら第4版

国際法有斐閣アルマ) 

初学だとコレを勧められるのでしょうか。パラパラとしか読んだことがないので分からないですが、やっぱりちょっと浅いので、上記のSシリーズの方をオススメします。

実践国際法(小松他)

もはやこれは番外編と言ってもいいでしょうか、その名の通り実務者の目線で書かれた実践的な国際法。外務省国際法局長等を歴任した小松一郎氏のほか、現役の外交官の手によるものです。使ってなんぼの実学としての国際法。上級者向けです。

演習用

国際法の演習本というのは数少ないです。基本書の章末問題や公務員試験の過去問等も併用するとGOOD。自分は学部の試験対策と公務員試験対策に使用していました。

ラクティス国際法(柳原他)

ズバリ演習用の教材。他の法律科目と違って演習本が少ない国際法において貴重な一冊。学部の試験はこれでイメージ得つつ対策。 

ラクティス国際法(香西他)

上記1と同名の著作なるも関係性は不明。現在は絶版。中古では存在。旧外交官試験や公務員試験の過去問を題材にしており、その手の試験対策においては最良の書。図書館の地下書庫から引っ張り出してきて読んでいたのもいい思い出。もはや古文書の様な風格。 

判例集

判例集は編著なのでどれか一冊というよりはケースごとに参照するのがいいかもしれないですね。

国際法判例百選(小寺他)

法律学習者にとっては言わずと知れた「百選」。ただし、後述する観点からあまり使用せず。まあでも他の法律科目でも百選を使っていて体裁にも慣れているという場合はこちらでもいいんじゃないでしょうか。

判例国際法薬師寺他)

各事案に含まれる国際法上の論点をそれぞれ事案ごとに解説。こちらは事案ベースの記載であり、「百選」は論点ベース。例えば、ニカラグア事件一つとってみても、自衛権、慣習法、行為の国家への帰属などの国際法上重要ないくつか論点が含まれていますが、判例国際法は、これらの論点をトピックとして切り離して解説するのではなく、ニカラグア事件という一つの事案として取り上げています。国際法判例は、基本的に一つの事案に様々なイシューが含まれており、それを複合的に解釈する必要がある以上、こちらの判例集のまとめ方の方がいいんじゃないかと思っています。久々にチェックしたら2019年に(待望の)第3版が出版されていました。自分が使っていた第2版は2006年分までしかカバーしていなかったのでこれは嬉しい。 

国際法基本判例50(杉原他)

コンパクトかつ事件ベース。いい意味で浅く広く学べます。 

条約集

条約集といえば下記二択のように思います。あんまりこだわりはありません。コンパクトさ重視。気に入ったものを使えば良いと思います。

コンサイス条約集(位田他)

ベーシック条約集(浅田他)

国際条約集(植木他)

上記とは異なり、逆に六法みたいにずっしりした重量が欲しいという場合はこちら。 

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【国際法判例】逮捕状事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、逮捕状事件のICJ判決についてまとめています。

【事件名】逮捕状事件(Arrest Warrant Case)

【当事国】コンゴ民主共和国 v. ベルギー 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)判決:2002年2月14日

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事実と経過

  • 2000年4月11日、ベルギーは、1990年代に人種間憎悪を扇動したこと等が国際人道法に違反する罪であるとして、普遍的管轄権を定める国内法の規定を根拠に、現職のコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)の外務大臣に対して逮捕状を発出。また、ベルギーは同逮捕状を同外相に送付すると同時に、インターポールを通じて世界各国に送付した。
  • 同年10月17日、コンゴ当局は逮捕状を受領した後、この撤回を求めてベルギーを相手方当事者としてICJに提訴。提訴時、コンゴは以下について争った。
  1. ベルギー国内法の定める普遍的管轄権の行使の国際法上の合法性
  2. 現現職の外務大臣の免除の否定の合法性(その後、逮捕状の発出及び各国の送付が慣習国際法外務大臣が享有する免除に違反したかどうかに絞られる)
  • これに対し、ベルギーは、提訴後に同外相が外務大臣の職を離れたことから、法的紛争はなく、また、目的も失われた等の理由により管轄権及び受理可能性を争ったが、裁判所は、管轄権は提訴時を基準とするとして抗弁を否定し、管轄権及び受理可能性を認め本案審理へと進んだ。

判決要旨

論点整理

  • コンゴの最終弁論において、ベルギー法の規定する普遍的管轄については主張しなかったため、ベルギーは逮捕状を発出した本件について国際法上の管轄権を有すると仮定する。
  • したがって裁判所は、ベルギーの逮捕状発出が外国の現職の外務大臣の免除に違反したかどうかについて判断する。

慣習国際法上の現職外務大臣の享有する免除

  • コンゴは、現職の外務大臣は在任中の全ての行為について絶対的な免除を享有すると主張したのに対し、ベルギーは、公的機能の遂行にあたって行われた行為についてのみ免除を享有すると主張した。
  • ウィーン外交関係条約、領事関係条約には外務大臣の免除については規定されていないため、その根拠は国際慣習法に求められる。
  • 慣習国際法上、外務大臣の免除は、国家を代表する機能の効率的な遂行のために付与される。外務大臣は、当該政府の外交活動に責任を有し、外交交渉や政府間会合において代表を務め、その行為は当該国家を拘束することから、国家元首や政府代表と同様に、国際法上、当該国家を代表することを認められる。
  • したがって、その機能に照らせば、外務大臣はその在任中、外国において刑事管轄権からの完全な免除及び不可侵を享有する外務大臣は任務の遂行のため、いかなる他国の権限行使からも保護され、「公的」行為と「私的」行為の区別はできない。

戦争犯罪や人道に対する罪に対する例外

  • ベルギーは、ピノチェト事件等を根拠に、国際法上の重大な犯罪については免除の例外とされる可能性がある旨主張したのに対し、コンゴは、現在の国際法上、国家元首等の刑事裁判権からの絶対的免除に対する例外が認められるとの根拠は存在しない、また、国際刑事裁判所設立規定(ローマ規定)は、絶対的免除の例外を定めるが、これは国際法廷にのみ適用されるものであり、国内刑事裁判権について援用することはできない旨主張。
  • 裁判所は、慣習国際法上、現職の外務大臣の絶対的免除及び不可侵の原則について戦争犯罪や人道に対する罪に対する例外が認められると結論づけることはできない。
  • なお、外務大臣の免除は、不処罰を意味するのではない。免除は手続的であるが、刑事責任は実体法の問題であり、裁判権からの免除は当該個人の刑事責任から解放するものではない。したがって、自国による刑事裁判権の行使や免除の放棄等があった場合には訴追を妨げない。

結論

  • 逮捕状の発出自体がコンゴ民の外務大臣の免除の侵害に当たる。逮捕状の性格及び目的に照らし、逮捕状の国際的な送付は、外交活動を著しく妨げたか否かに関わらず、免除の侵害に当たる。
  • ベルギーの国家責任を認定することは、一種の「満足(satisfaction)」を構成するが、補償は違法行為の全ての結果を可能な限り消去し、当該行為がなされなかった場合に存在したであろう状態に回復しなければならない(ボルジョウ工場事件判決)ことに鑑みれば、その違法性を認定するのみならず、ベルギーは逮捕状を撤回し、送付先当局に対しその旨通報しなければならない

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(36)武力不行使原則の例外 II:国際法上の自衛権【国際法】

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国際法解説シリーズ、武力不行使原則の例外その2。この記事は、国際法上の自衛権とそれに付随する議論についてまとめました。非国家主体に対する自衛権及び先制的自衛権については次の記事でまとめています。

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自衛権

  • 現代国際法において、個別的及び集団的自衛権は、国連憲章及び慣習国際法上の武力不行使原則の例外として確立。
  • 自衛権とは、一般的には、急迫不正の侵害に対して、自国を防衛する必要がある場合に、武力を持ってこれを排除する国家の権利を指す。ただし、その内容については、国連憲章前時代の慣習法上の広範な自衛権(伝統的自衛権)から、より制限された憲章上の自衛権(第51条)へと変遷(ただし、憲章の規定は伝統的自衛権に影響を与えないとする少数説あり。)。
  • また、自衛権は近年、武力行使の正当化根拠としてしばしば援用されるが、その要件及びその対象についても争いがある(ex. 先制的自衛権、非国家主体への自衛権行使)。

伝統的自衛権の概念

  • 自己保存権自然権)として理解:国家が自己の存在を維持するのに必要な措置をとることができる。他国による武力攻撃を必ずしも必要としない。20世紀には包括的な保存権は他国の権利侵害の口実になるとして次第に否定
  • カロライン号事件(1873年):英米間の間で自衛権行使の要件について認識の一致。ウェブスター・フォーミュラと呼ばれ、自衛権行使要件として考慮されることがあるが、これを自己保存権ないし緊急避難の例として捉える有力説。

「自衛の必要性が急迫しており、圧倒的で手段の選択の余地がなく熟慮の余裕がない場合(a necessity of self-defense, instant, overwhelming, leaving no choice of means and no moment for deliberation)」であってさらに「不合理ないし過剰なものでないこと(unreasonable or excessive)」

  • 伝統的自衛権は、外国の私人や私人グループによる領域侵害等も対象とし、武力攻撃も要するものではない。カロライナ事件は、非国家主体への自衛権行使の例としてしばしば援用。cf.不戦条約・国連憲章51条は狭く限定的な自衛権

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国連憲章における自衛権の地位

武力不行使原則(憲章第2条4項)の例外として、憲章第51条個別的及び集団的自衛のための固有の権利(the inherent right of indiviual or collective self-defence)を規定。

憲章第51条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃(an armed attack)が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会 に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

武力不行使原則と自衛権の関係

  • 憲章第2条4項の定める例外としての位置付け。ただし、自衛権行為の対象は「武力攻撃 armed attack」であり、これは、2条4項の「武力による威嚇または武力の行使 use of force 」よりも狭く限定。すなわち、武力攻撃に至らない武力行使については自衛権行使ができない
  • 国際司法裁判所(ICJ)は、ニカラグア事件において、武力行使の形態をさらに2分類。自衛権発動の要件となる「武力攻撃」は「最も重大な形態(the most grave forms)」の武力の行使を指し、「その他のより重大でない形態(other less grave forms)」の武力の行使(武器供与、兵站の支援等)に対しては、「均衡のとれた対抗措置(proportinate counter-measures)」に訴えることができるのみと判示した。
  • 武力行使と武力攻撃を区別しない説:特に憲章51条の「固有の」の文言は、その対象を武力攻撃に限定してこなかった伝統的自衛権利を同条が包含しているものと解釈。少数説に留まるものの、米国はおよそいかなる武力行使自衛権発動の対象となるとの立場。 

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自衛権行使の要件

個別的自衛権の行使には、少なくとも以下を充足することが必要となる。

(1)武力攻撃の発生
  • 前述のとおり、判例によれば、最も重大な形態である武力行使であるところの武力攻撃が発生していなければならない。
  • 実際に武力攻撃が発生していなくとも、差し迫った(imminent)武力攻撃が存在すれば自衛権発動の要件となるとする説。先制的自衛権(anticipatory self-defense)として議論。
(2)必要性及び均衡性
  • 必要性necceseity)及び均衡性(proportionality)は憲章上明文の規定はないものの、伝統的に自衛権発動の要件として認められてきた。
  • 必要性とは、自衛権に基づく武力行使が、他の措置をとることができる手段がなく、緊急やむをえないものでなければならないという要件。
  • 均衡性とは、武力行使が侵害の程度と均衡を失しないものでなければならないという要件。
(3)手続要件(国連安保理への報告

自衛権を発動した国は、その旨を国連安保理に対して直ちに報告しなければならない。多くの場合、事後的及び書簡(Article 51 letter )の形で行われる。

集団的自衛権

  • 集団的自衛権(right of collective self-defense)とは、一般的に、ある国が他国により攻撃を受けた場合に、第三国と共同で防衛を行う国際法上の権利をいう。
  • 国連憲章が採択されたサンフランシスコ会議直前、米州諸国はチャプルテペック協定において共同防衛措置(米州諸国一国に対する攻撃は、全ての署名国に対する攻撃とみなす)を規定。背景には拒否権の行使による集団安保体制の機能不全を懸念があった。
  • 憲章51条はこの矛盾を解消すべく、安保理が「必要な措置を取るまでの間」、「武力攻撃」の発生を前提条件に集団的(及び個別的)自衛権の行使を認めている。

集団的安全保障の法的性質

(1)共同防衛説(バウエット) 

複数の国が同時に攻撃を受けた場合に、それらの国が共同して対処する権利とする説。個別的自衛権の共同行使として捉える。

批判:集団的自衛権を個別的自衛権と区別して規定した意義が失われる。

(2)限定共同防衛説ラウターパクト)

被攻撃国と政治的・経済的緊密性ゆえに、その国への攻撃が自国の安全にとって不可分な関係にある特定の諸国が取りうる権利とする説。

批判:権利の濫用を抑制する効果を持つが対象国の範囲が不明確。NATO条約等あらかじめこの範囲を限定することも考えられるが、これは旧同盟体制を事実上忍び込ませることになる。

(3)任意的共同防衛説(シャクター)

国家関係を限定せずにすべての加盟国に認められるもので、任意に行使できるとする説。

批判:武力攻撃は全ての国に対する義務違反を構成し、いかなる国にも武力行使の法的基礎を与えるとするが、自衛の概念を超えている。実質的に他国防衛説である(ただし、後述のニカラグア事件では、本説によるものと考えられる。)。

集団的自衛権の行使要件

  • 個別的自衛権の行使要件(武力攻撃の発生、必要性、均衡性)の充足に加え、ICJのニカラグア事件及びオイルプラットフォーム事件によれば、被攻撃国による攻撃事実の「宣言」及び被攻撃国からの支援の「要請」が必要とする。
  • 「宣言」は他国による一方的な武力攻撃発生の認定を防ぎ、「要請」は権利行使の有資格者の範囲を大幅に限定。
  • 宣言及び要請主体の問題:特に内戦等の場合、武力攻撃の発生を宣言・要請する主体(政府など)が正統性を有するか。 

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