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Dancing in the Rain

Life is not about waiting for the storm to pass but about learning how to dance in the Rain.

トルコ記①

 ターキッシュ・エアラインは日本語対応の映画を豊富に用意していて、トルコという国に対する好感度いきなりあがった。さすがの親日国と言われる所以か。機内食トルコ料理をあしらっていて満足。男性のCAもいて新鮮だった。

 入国審査はあまり覚えていないけれど、その程度のものだったということだろう。地下鉄はジェトン・システムで最初は少し戸惑う。トラムに乗ってイスタンブル市街へ行き、着いたのは昼前だったと思う。とりあえずホステルに向かおうとしていたら、早速呼び声が。自称ツーリスト・インフォメーションの男だった。(以下、ガイドと呼ぶ)風貌はよく覚えていないけれど、まあ30代前後というところか。客引き自体はヨーロッパで慣れていたけれど、なぜだかよくわからないけれど彼に着いて行くことになった。一つの要因は彼が流暢な英語を話してフレンドリーだったからだと思う。自分一人だったらもう少し警戒感があったのだろうけれど、まあこのときはツレもいたわけでちょっと気が緩んでいたということもあった。

 なんだかんだ和気あいあいと話をし、やがてとあるオフィスについた。何やら商談が始まる雰囲気。結構昔からある旅行者のようで、壁には政府からの認証みたいなものが貼ってあった気がする(真偽の程は定かでない)齢50くらいのメガネをかけたオーナーが歓待してくれて、ガイドにチャイを入れるように言った。まさかこんな形でトルコチャイをいただくことになるとは、と思ったものだった。でもこれも良く考えると睡眠薬入りとかだったらどうするのだという話ではある。でも後から見てみれば、トルコで出会った客引きたちはみんな「悪意」というか「本気度」が違っていたように思う。何かを強制するわけでもなく、害しようとするわけでもない。この点、身をもって知ることになるのだけれど、インドとは異なっているのである。

 ガイドはチャイをどこからか調達して持ってきた後、玄関ドアの鍵をがちゃりと締めた。ガラス張りになっているとはいえ、これはちょっと冷や汗ものである。オーナーは、どこから来たかとかどこへ行くかとか旅程を事細かに聞いてきた。そして案の定、少々お値段のするプランを無理やり進めてきた(この点、値段がぼったくりと言えるものであったかということはわからない。あと、お金だけ取られて架空のプランを進めてきたのという事実関係も定かでない)連れはのんきにチャイを堪能していて、まあここは僕が何としてでも切り抜けなければとういうことになった。この場合、日本の場合は相手も察してくれるものである。というかそこまでグイグイくること自体珍しい。しかしここではそうはいかず、異様に勧めてくる気球のプランを何度も何度も丁重にお断りし、ここは逃れることができた。本当に今回の旅はここでジ・エンドかと思ったけれど、やれやれ、である。

 小一時間くらい費やしたと思う。オフィスから出てきてガイドは次の目的地へ我々を連れて行こうとしたから、ここでも丁重にお断りしようとした。そしたらなんだかよくわからないけれどチップを請求されて、まあここは少額だし面倒なことになりそうだからおとなしく払っておくことにした。それでも学生だからといって値引きさせたけれど。まあお茶代だと思えばその程度のものだ。トルコには仲介ビジネスが伝統的に残っていて、客引きが連れてきた旅行者が契約締結に踏み込めば、客引きがその仲介料として一定の取り分を得られる仕組みらしい。それはもう海綿みたいに複雑に入り組んでいて、どこがどうつながっているの、どういう利益構造なのか我々の知る由もない。僕を導いたガイドもまあ仕事の一環としてやっていたのだろうと考える。任意についていったのだから違法ではないだろう。

 さて一連の洗礼を受けた後、長くて短いトルコ旅は始まりを告げたのであった。