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【国際法判例】逮捕状事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、逮捕状事件のICJ判決についてまとめています。

【事件名】逮捕状事件(Arrest Warrant Case)

【当事国】コンゴ民主共和国 v. ベルギー 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)判決:2002年2月14日

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事実と経過

  • 2000年4月11日、ベルギーは、1990年代に人種間憎悪を扇動したこと等が国際人道法に違反する罪であるとして、普遍的管轄権を定める国内法の規定を根拠に、現職のコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)の外務大臣に対して逮捕状を発出。また、ベルギーは同逮捕状を同外相に送付すると同時に、インターポールを通じて世界各国に送付した。
  • 同年10月17日、コンゴ当局は逮捕状を受領した後、この撤回を求めてベルギーを相手方当事者としてICJに提訴。提訴時、コンゴは以下について争った。
  1. ベルギー国内法の定める普遍的管轄権の行使の国際法上の合法性
  2. 現現職の外務大臣の免除の否定の合法性(その後、逮捕状の発出及び各国の送付が慣習国際法外務大臣が享有する免除に違反したかどうかに絞られる)
  • これに対し、ベルギーは、提訴後に同外相が外務大臣の職を離れたことから、法的紛争はなく、また、目的も失われた等の理由により管轄権及び受理可能性を争ったが、裁判所は、管轄権は提訴時を基準とするとして抗弁を否定し、管轄権及び受理可能性を認め本案審理へと進んだ。

判決要旨

論点整理

  • コンゴの最終弁論において、ベルギー法の規定する普遍的管轄については主張しなかったため、ベルギーは逮捕状を発出した本件について国際法上の管轄権を有すると仮定する。
  • したがって裁判所は、ベルギーの逮捕状発出が外国の現職の外務大臣の免除に違反したかどうかについて判断する。

慣習国際法上の現職外務大臣の享有する免除

  • コンゴは、現職の外務大臣は在任中の全ての行為について絶対的な免除を享有すると主張したのに対し、ベルギーは、公的機能の遂行にあたって行われた行為についてのみ免除を享有すると主張した。
  • ウィーン外交関係条約、領事関係条約には外務大臣の免除については規定されていないため、その根拠は国際慣習法に求められる。
  • 慣習国際法上、外務大臣の免除は、国家を代表する機能の効率的な遂行のために付与される。外務大臣は、当該政府の外交活動に責任を有し、外交交渉や政府間会合において代表を務め、その行為は当該国家を拘束することから、国家元首や政府代表と同様に、国際法上、当該国家を代表することを認められる。
  • したがって、その機能に照らせば、外務大臣はその在任中、外国において刑事管轄権からの完全な免除及び不可侵を享有する外務大臣は任務の遂行のため、いかなる他国の権限行使からも保護され、「公的」行為と「私的」行為の区別はできない。

戦争犯罪や人道に対する罪に対する例外

  • ベルギーは、ピノチェト事件等を根拠に、国際法上の重大な犯罪については免除の例外とされる可能性がある旨主張したのに対し、コンゴは、現在の国際法上、国家元首等の刑事裁判権からの絶対的免除に対する例外が認められるとの根拠は存在しない、また、国際刑事裁判所設立規定(ローマ規定)は、絶対的免除の例外を定めるが、これは国際法廷にのみ適用されるものであり、国内刑事裁判権について援用することはできない旨主張。
  • 裁判所は、慣習国際法上、現職の外務大臣の絶対的免除及び不可侵の原則について戦争犯罪や人道に対する罪に対する例外が認められると結論づけることはできない。
  • なお、外務大臣の免除は、不処罰を意味するのではない。免除は手続的であるが、刑事責任は実体法の問題であり、裁判権からの免除は当該個人の刑事責任から解放するものではない。したがって、自国による刑事裁判権の行使や免除の放棄等があった場合には訴追を妨げない。

結論

  • 逮捕状の発出自体がコンゴ民の外務大臣の免除の侵害に当たる。逮捕状の性格及び目的に照らし、逮捕状の国際的な送付は、外交活動を著しく妨げたか否かに関わらず、免除の侵害に当たる。
  • ベルギーの国家責任を認定することは、一種の「満足(satisfaction)」を構成するが、補償は違法行為の全ての結果を可能な限り消去し、当該行為がなされなかった場合に存在したであろう状態に回復しなければならない(ボルジョウ工場事件判決)ことに鑑みれば、その違法性を認定するのみならず、ベルギーは逮捕状を撤回し、送付先当局に対しその旨通報しなければならない

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(36)武力不行使原則の例外 II:国際法上の自衛権【国際法】

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国際法解説シリーズ、武力不行使原則の例外その2。この記事は、国際法上の自衛権とそれに付随する議論についてまとめました。非国家主体に対する自衛権及び先制的自衛権については次の記事でまとめています。

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自衛権

  • 現代国際法において、個別的及び集団的自衛権は、国連憲章及び慣習国際法上の武力不行使原則の例外として確立。
  • 自衛権とは、一般的には、急迫不正の侵害に対して、自国を防衛する必要がある場合に、武力を持ってこれを排除する国家の権利を指す。ただし、その内容については、国連憲章前時代の慣習法上の広範な自衛権(伝統的自衛権)から、より制限された憲章上の自衛権(第51条)へと変遷(ただし、憲章の規定は伝統的自衛権に影響を与えないとする少数説あり。)。
  • また、自衛権は近年、武力行使の正当化根拠としてしばしば援用されるが、その要件及びその対象についても争いがある(ex. 先制的自衛権、非国家主体への自衛権行使)。

伝統的自衛権の概念

  • 自己保存権自然権)として理解:国家が自己の存在を維持するのに必要な措置をとることができる。他国による武力攻撃を必ずしも必要としない。20世紀には包括的な保存権は他国の権利侵害の口実になるとして次第に否定
  • カロライン号事件(1873年):英米間の間で自衛権行使の要件について認識の一致。ウェブスター・フォーミュラと呼ばれ、自衛権行使要件として考慮されることがあるが、これを自己保存権ないし緊急避難の例として捉える有力説。

「自衛の必要性が急迫しており、圧倒的で手段の選択の余地がなく熟慮の余裕がない場合(a necessity of self-defense, instant, overwhelming, leaving no choice of means and no moment for deliberation)」であってさらに「不合理ないし過剰なものでないこと(unreasonable or excessive)」

  • 伝統的自衛権は、外国の私人や私人グループによる領域侵害等も対象とし、武力攻撃も要するものではない。カロライナ事件は、非国家主体への自衛権行使の例としてしばしば援用。cf.不戦条約・国連憲章51条は狭く限定的な自衛権

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国連憲章における自衛権の地位

武力不行使原則(憲章第2条4項)の例外として、憲章第51条個別的及び集団的自衛のための固有の権利(the inherent right of indiviual or collective self-defence)を規定。

憲章第51条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃(an armed attack)が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会 に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

武力不行使原則と自衛権の関係

  • 憲章第2条4項の定める例外としての位置付け。ただし、自衛権行為の対象は「武力攻撃 armed attack」であり、これは、2条4項の「武力による威嚇または武力の行使 use of force 」よりも狭く限定。すなわち、武力攻撃に至らない武力行使については自衛権行使ができない
  • 国際司法裁判所(ICJ)は、ニカラグア事件において、武力行使の形態をさらに2分類。自衛権発動の要件となる「武力攻撃」は「最も重大な形態(the most grave forms)」の武力の行使を指し、「その他のより重大でない形態(other less grave forms)」の武力の行使(武器供与、兵站の支援等)に対しては、「均衡のとれた対抗措置(proportinate counter-measures)」に訴えることができるのみと判示した。
  • 武力行使と武力攻撃を区別しない説:特に憲章51条の「固有の」の文言は、その対象を武力攻撃に限定してこなかった伝統的自衛権利を同条が包含しているものと解釈。少数説に留まるものの、米国はおよそいかなる武力行使自衛権発動の対象となるとの立場。 

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自衛権行使の要件

個別的自衛権の行使には、少なくとも以下を充足することが必要となる。

(1)武力攻撃の発生
  • 前述のとおり、判例によれば、最も重大な形態である武力行使であるところの武力攻撃が発生していなければならない。
  • 実際に武力攻撃が発生していなくとも、差し迫った(imminent)武力攻撃が存在すれば自衛権発動の要件となるとする説。先制的自衛権(anticipatory self-defense)として議論。
(2)必要性及び均衡性
  • 必要性necceseity)及び均衡性(proportionality)は憲章上明文の規定はないものの、伝統的に自衛権発動の要件として認められてきた。
  • 必要性とは、自衛権に基づく武力行使が、他の措置をとることができる手段がなく、緊急やむをえないものでなければならないという要件。
  • 均衡性とは、武力行使が侵害の程度と均衡を失しないものでなければならないという要件。
(3)手続要件(国連安保理への報告

自衛権を発動した国は、その旨を国連安保理に対して直ちに報告しなければならない。多くの場合、事後的及び書簡(Article 51 letter )の形で行われる。

集団的自衛権

  • 集団的自衛権(right of collective self-defense)とは、一般的に、ある国が他国により攻撃を受けた場合に、第三国と共同で防衛を行う国際法上の権利をいう。
  • 国連憲章が採択されたサンフランシスコ会議直前、米州諸国はチャプルテペック協定において共同防衛措置(米州諸国一国に対する攻撃は、全ての署名国に対する攻撃とみなす)を規定。背景には拒否権の行使による集団安保体制の機能不全を懸念があった。
  • 憲章51条はこの矛盾を解消すべく、安保理が「必要な措置を取るまでの間」、「武力攻撃」の発生を前提条件に集団的(及び個別的)自衛権の行使を認めている。

集団的安全保障の法的性質

(1)共同防衛説(バウエット) 

複数の国が同時に攻撃を受けた場合に、それらの国が共同して対処する権利とする説。個別的自衛権の共同行使として捉える。

批判:集団的自衛権を個別的自衛権と区別して規定した意義が失われる。

(2)限定共同防衛説ラウターパクト)

被攻撃国と政治的・経済的緊密性ゆえに、その国への攻撃が自国の安全にとって不可分な関係にある特定の諸国が取りうる権利とする説。

批判:権利の濫用を抑制する効果を持つが対象国の範囲が不明確。NATO条約等あらかじめこの範囲を限定することも考えられるが、これは旧同盟体制を事実上忍び込ませることになる。

(3)任意的共同防衛説(シャクター)

国家関係を限定せずにすべての加盟国に認められるもので、任意に行使できるとする説。

批判:武力攻撃は全ての国に対する義務違反を構成し、いかなる国にも武力行使の法的基礎を与えるとするが、自衛の概念を超えている。実質的に他国防衛説である(ただし、後述のニカラグア事件では、本説によるものと考えられる。)。

集団的自衛権の行使要件

  • 個別的自衛権の行使要件(武力攻撃の発生、必要性、均衡性)の充足に加え、ICJのニカラグア事件及びオイルプラットフォーム事件によれば、被攻撃国による攻撃事実の「宣言」及び被攻撃国からの支援の「要請」が必要とする。
  • 「宣言」は他国による一方的な武力攻撃発生の認定を防ぎ、「要請」は権利行使の有資格者の範囲を大幅に限定。
  • 宣言及び要請主体の問題:特に内戦等の場合、武力攻撃の発生を宣言・要請する主体(政府など)が正統性を有するか。 

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【国際法判例】オイル・プラットフォーム事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、オイル・プラットフォーム事件のICJ判決についてまとめています。

 

【事件名】オイル・プラットフォーム事件(Oil Platform Case)

【当事国】イラン v.  米国

【判決日】国際司法裁判所 (ICJ)判決:2003年11月6日

 

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事実と経過

  • 1980年〜1988年のイラン・イラク戦争に際して、イラクは湾岸地域を航行する船舶に攻撃を開始。イランもこれに応じてイラクと交易をする船舶に攻撃を開始し、第三国の船舶にもにも影響が及ぶようになると、クウェートは旗国を米国に切り替え、米海軍による保護を確保した。
  • そうした背景の下、1987年に、米国船籍のクウェートのタンカー(Sea Isle City 号)がイランからミサイル攻撃を受けたとして、米国はイランのオイル・プラットフォームを攻撃。翌88年にも、バーレーン沖公海上を航行中の米国軍艦がイランの機雷攻撃を受けたとしてオイル・プラットフォームを攻撃した。
  • 1992年、イランは、これらの米国の行為が1955年の「米国とイラン間の友好経済関係領事権条約」(以下、1955年条約)の諸条項並びに国際法の「基本的な違反」を構成するとして、同条約21条2項(裁判条項)を援用し、米国を国際司法裁判所(ICJ)に提訴。
  • 米国は、管轄権を争う先決的抗弁を行なったが、1996年12月、ICJはこれを退け、裁判所の管轄権を確認。他方で、ICJは、イランがペルシャ湾で行なった一連の行動(機雷敷設やミサイル攻撃等)が1955年条約に違反したとする米国の反訴を受理(98年3月)し、本案と併合して審理。

判決要旨

  • 87年及び88年に行われた米国のイラン石油施設に対する攻撃は、自衛権の行使として評価されるものではなく、1955年条約の第20条1項(d)に定める「本質的な安全保障上の利益を守るために必要な措置」としては正当化できない。

争点整理

  • イランの申立ては、米国の攻撃が、締約国間の領域の間の通商と航行の自由を規定した1955年条約の10条1項等に違反したというもの。したがって、同項の解釈・適用の問題。
  • 他方で、米国は、本質的な安全保障上の利益を守るために必要な措置をとることを排除しない旨規定した同条約の第20条1項(d)を援用し、自己の行為を正当性を主張した。

審理の順序

  • 1955年条約の第10条1項と第20条1項(d)のどちらを先に取り上げるかの優先順位につき、裁判所は裁量により後者の解釈・適用の問題を扱う。
  • この紛争はもともと米国の攻撃が武力行使に関する国際法(jus ad bellum)の原則に照らして合法かを巡って生じたものである。
  • 裁判所の管轄は、1955年条約 第20条1項(d)の解釈・適用にあたり、必要に応じて、米国の行動が国際法に照らして合法的な武力行使に当たるか否かの認定にも及ぶ。

個別的自衛権の要件

米国は、自己の行為を正当化するため個別的自衛権を主張しているため、以下を立証しなければならない。

  1. 米国に対する攻撃のイランへの帰責性
  2. 国連憲章第51条及び国際慣習法上の「武力攻撃」該当性
  3. 被正当化行為の「武力攻撃」に対する「必要性」及び「均衡性
  4. 自衛権行使対象の正当な軍事目標性

個別的検討

(1)Sea Isle City 号へのミサイル攻撃

ミサイル攻撃に対するイランの責任を示す証拠は十分でない。仮に帰責性の問題を留保して、米国が主張する同船を含む一連の行為全体を累積的に捉えたとしてもニカラグア事件で示されたような最も重大な武力の行使と評価されるような米国に対する「武力攻撃 armed attack」を認定することは困難。

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(2)米国軍艦の触雷
  • 機雷敷設は、イランとイラクの双方が行なっており、米国軍艦の触雷がイランの敷設した機雷によるものかどうかが問題。
  • 米国の提示した証拠は示唆的であるが、決定的でない。米艦一隻の触雷事件だけでも自衛権発動の原因になることは否定しないが、イランの帰責性が明らかでないことも含め、当時の状況から判断して、触雷事件が米国に対する「武力攻撃」を構成するとは考えない。
(3)必要性及び均衡性
  • 核兵器使用の合法性事件勧告的意見で示したように、自衛権の行使が必要性(necessity)及び均衡性(proportionality)の条件に服することは慣習国際法上の規則
  • 必要性について、両事件とも必要性があったとは考えない。均衡性について、87年の攻撃については必要性が認められたなら、均衡性のあるものとみなされたかもしれない。88年の攻撃については、重大な損害は生じたものの沈没せず、人的損害もなかった事件への対応としては均衡性があったとはいえない。 

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1955年条約第10条1項の解釈・適用

  • 同条は、両締約国の領域間の通商の自由を保証。攻撃対象となったオイルプラットフォームは、全体として石油の生産輸送に従事しており同条の保護対象。
  • しかし、87年の攻撃の際は、当該オイルプラットフォームは修理中で機能停止状態にあり、87年の攻撃の際は、イラン米国間の原油貿易は禁止されていた。そのため、オイルプラットフォームへの攻撃が、締約国領域間の通商の自由を侵害したとはいえず、イランの損害賠償は認められない

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【国際法判例】ジェノサイド条約に対する留保事件(ICJ勧告的意見)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ジェノサイド条約に対する留保事件のICJ勧告的意見についてまとめています。

 

【事件名】ジェノサイド条約に対する留保事件

【諮問機関】国連総会 

【決定日】国際司法裁判所(ICJ)勧告的意見 :1951年5月28日

 

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事実と経緯

  • 1948年12月9日、第3回国連総会は、総会決議260(III)により、ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約:the convention on the prevention and punishment of the crime of genocude)を採択し、署名を開放。
  • 同条約には留保規定はなかったが、旧ソ連等8カ国が国際司法裁判所(ICJ)の義務的管轄を定めた第9条を中心に留保を付した。これに対して一部の署名国が異議を申し立てたことを受けて、同条約の被寄託者たる国連事務総長は、この留保付き署名にいかなる法的効果を与えるべきかの指示を国連総会に求めた。
  • これに対し、国連総会は、決議478(V)により、ICJに以下の点につき勧告的意見を要請した。
  1. 留保を表明した国は、一部の条約当事国がその留保に異議を申し入れたのに対し、他の当事国は異議を申し入れなかった場合、その留保を維持したままで条約当事国とみなされるか。
  2. (1)が肯定的に答えられる場合、留保国と、留保異議国と留保承諾国との間でそれぞれ当該留保はいかなる効果は持つか。
  3. 留保に対する異議が、未批准の署名国及び未署名・未加入の国によって申し入れられた場合、その異議の法的効果はいかなるものか。

意見要旨

  • 第1の問題は、留保国は留保異議国との関係で、当該留保を維持したまま条約当事国とみなされるかというもの。国家は、その条約関係において、同意なしに拘束されず、留保も合意なければ他の当事国との関係で効果を持たない。これは確立した原則ではあるが、ジェノサイド条約においては柔軟に適用する余地がある。すなわち、国連総会の普遍的性格や同条約が広範な参加を求めていること、多数国間条約においては柔軟性が要請されていることなどの事情に言及する必要がある。
  • また、留保規定がないからといって留保が禁止されているとは結論できない。多数国間条約の性質、目的、作成と採択の方法は、留保の有効性、効果、可能性を決定するために考慮される。
  • 同条約は、国連総会によっても締約国によっても普遍的な範囲を持つ条約として意図された。また、同条約は人道的かつ文明的な目的のために採択された。このような条約では締約国自身の固有の利益を有せず、権利義務の契約上の均衡について語ることはできない。
  • 同条約の趣旨及び目的は、総会及び締約国の意図が、できるだけ多数の国々を参加させる点にあったことを示唆。他方で、参加国を確保するために条約の目的そのものを犠牲にすることを意図したとは考えられない。したがって、条約の趣旨及び目的は、留保を行う自由にも、それに異議を申し立てる自由にも限界を設ける。留保及びその異議の許容性の基準は当該留保と条約の趣旨及び目的との両立性である。(両立性の基準
  • 条約の絶対的な一体性の概念が国際法の規則になっているとは思われない。(国際連盟の留保の許容性につき全会一致を原則とする)行政慣行の存在は決定的な要素ではない。また、米州諸国では異なる慣習が存在している。したがって、第1の問題については、その抽象性のため絶対的な回答を与えることはできない。留保及びその異議に対する効果は個別事情に依存する。
  • 条約の当事国は留保の有効性を評価する権限があり、この権限を個別かつ独自の観点から行使する。すなわち、留保に異議を唱える国は、条約の趣旨及び目的という基準の枠内でその個別の評価に基づき、留保国を条約当事国としてみなすかどうかを判断する。

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【国際法判例】核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件のICJ判決についてまとめています。

【事件名】核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件

【当事国】マーシャル諸島 v. パキスタン、インド、英国 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)管轄権判決:2016年10月5日

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事実と経過

  • 2014年4月25日、マーシャル諸島共和国国際司法裁判所(ICJ)に、核兵器保有国9カ国(中国、北朝鮮、米国、フランス、英国、ロシア、イスラエル、インド、パキスタン)に対し、核軍備競争の停止及び核軍縮交渉義務を果たしていないとして提訴。
  • マーシャル諸島は、インド、パキスタン、英国に対する管轄権の基礎として、ICJ規程36条2項の強制管轄受諾宣言を主張した。(マーシャル諸島:2013年4月24日、インド:1974年9月18日、パキスタン:1960年9月13日、英国:2004年7月5日にそれぞれ宣言)
  • 他6カ国については、管轄受諾宣言を出していないため、管轄権受諾の同意が必要となる(応訴管轄:38条8項)
  • マーシャル諸島は、核兵器不拡散条約(Nuclear, Non-Proliferation Treaty, or NPT)締約国である英国に対して、NPT第6条及び慣習法上の義務違反を主張。交渉開始を求める国連総会決議に反対していること、核軍備競争の停止に対して消極的かつ妨害的な行動を取ってきたこと、核兵器に依存する意思を繰り返し表明していること等を追及。

核兵器不拡散条約(NPT)第6条

各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。

  • NPT未締約のインド・パキスタンついては、「NPT第6条の義務は、単なる条約上の義務ではなく、国際慣習法上も別個に存在」し全ての国家に適用されるとし、インドとパキスタンはこの国際慣習法の義務に違反していると主張した。
  • インド・パキスタン・英国を除く被提訴国は、管轄権に同意することなく裁判所の管轄権は認められなかったが、同3国は裁判所の管轄権及び受理可能性に対して複数の抗弁を提出した。

判決要旨

裁判所は、当事国間に紛争の存在が認められないとして管轄権を否定し、本案審理に進むことができない旨の判決をした。(3件の個別の判決であるが、全てほぼ同内容)

提訴時に当事国間に紛争が存在していなかったとする抗弁
  • 当事国間に紛争が存在することは、裁判所の管轄権を認める条件の一つである紛争が存在するためには、両者の間に、特定の国際的義務の履行あるいは不履行の問題について明らかな意見対立がなければならない。
  • 紛争は、相手国が、提訴国と明らかに意見対立があると認識していた、あるいは認識自覚していなかったはずがなかったと証明された時にその存在が認められる。
  • 紛争の存在は、提訴時の原則に基づいて認めらなければならない。
紛争の存在の根拠
  • マーシャル諸島は多数国間のフォーラムでの2つのステートメントが紛争の存在を証明するとする。
  • 第1のステートメントは、2013年9月26日の「核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合」において、マーシャル外相が行なったものである。
  • 第2のステートメントは、2014年2月13日の「第2回核兵器の人道的影響に関する会議(ナジャリット会議)」において、マーシャル諸島の代表が行なったものである。
  • 第1のステートメントは、勧告的に(hortatory terms )述べたものであり、相手国(インド・パキスタン・英国、以下同じ)が何らかの法的義務違反を主張するものとは理解されない。
  • 第2のステートメントは、核軍縮の考え方についての交渉の問題ではなく、核兵器の人道的影響についての広範な問題を扱うもの会議で行われたものであった。 (また同会議に英国は出席していなかった)さらに、同ステートメントは、全核兵器国の行動に対する 一般的な批判であり、特定の国の行動が義務に違反していると主張するものではなかった。またこのステートメントに対して相手国の反応はなかった。
  • したがって、これら2つのステートメントを個別にまたは同時に考慮して、相手国が、マーシャル諸島が相手国の義務違反を主張していたと認識していたということはできず、当事国間に法的紛争が存在していたということはできない。
提訴時または手続進行中の紛争の存在
  • マーシャル諸島が提訴したこと及び訴訟手続進行中の当事国の立場(position)が紛争の存在を示すと主張。
  • 提訴時及びそれに続いてなされた宣言や主張は様々な目的、特に紛争の範囲を明確化する目的に資するが、もともと存在していなかった紛争を新たに(de novo) 紛争を創出することはできない
  • また、マーシャル諸島は、英国の核軍縮の多数国間のフォーラムでの投票行動の記録が紛争を成立させると主張する。
  • 裁判所の見解では、国連総会のような政治的機関における決議の投票から紛争の存在を推論する慎重でなければならない。多数の主張を含む決議に対する国家の投票が、それ自体によってある一つの主張に関して他の国家との間で紛争が存在を構成するということはできない
紛争の存在の推論
  • マーシャル諸島は、相手国の行動から紛争の存在が推論(infer) されると主張。
  • 多数国間のフォーラムでなされたどちらのマーシャル諸島ステートメントも、相手国の行動に関して特定していない。このことから、相手国の行動が当事国間の意見対立を示すということはできず、当事国間の紛争を発見する基礎を提供しない。

結論 

裁判所は、当事国間の紛争の不存在に基づく管轄権に対する抗弁を認める。

 (対パキスタン・インド:9対7、対英国:賛否同数のキャスティング・ボート)

裁判所は、管轄権が欠如していることから、本案に進むことができない。

 (対パキスタン・インド:10対6、対英国:9対7)

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