国際法解説シリーズ。この記事では、国際人権法について、世界人権宣言及び国際人権規約を中心に、制度的発展と具体的な人権保障システムについてまとめました。
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人権の国際的保障の発展
- 古くはマグナ・カルタ、権利章典、仏人権宣言、米独立宣言など欧米諸国で発展。しかし、国際法の規律事項ではなく、国内管轄事項とされた。
- 例外として、奴隷取引の規制、宗教上の少数者保護、労働者の保護のための条約など。
- 人権の国際的保護は第二次世界大戦を契機に体系化。国連憲章は「基本的人権」ないし「人権および基本的自由」の尊重を繰り返し確認。根底には、平和の維持と人権の尊重は不可分であるという思想が在在。cf.人権の尊重は「世界における自由、正義および平和の基礎」(世界人権宣言前文)
- 国連憲章の人権規定は具体的権利義務を創設したものではないとする判例(フジイ事件)しかし、国家が行う組織的で重大な人権侵害は憲章違反を構成 ex.ナミビア事件
- 憲章は、抽象的な人権規定を具体化するための作業を特別の委員会に委ねる方針(68条):経済社会理事会の下に「人権委員会」が設置。
- 人権条約の大別:①中核をなす世界人権宣言と国際人権規約、②個別的人権条約、③地域レベルの人権条約
国際人権規約における人権保障
(1)世界人権宣言 (1948年)
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世界人権宣言(universal declaration of human rights, UDHR):各国が達成すべき共通の基準としての人権を一般的に明らかにした。
- 法的拘束力はないものの、①その後の人権条約の指標をなし、②戦後の多くの新興独立国に人権規定を提供し、③各種人権条約の解釈指針を与えた。
(2)国際人権規約(1966年採択)
- 国際人権規約(International Bill of Human Rights):社会権規約(International Covenant on Economics, Social and Cultural Rights, ICESCR)と自由権規約 (International Covenant on Civil and Political Rights, ICCPR)から構成(日本ではそれぞれA規約及びB規約と呼称。)。
- 社会権規約「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約」:労働、社会保障、生活、教育等。
- 自由権規約「市民的および政治的権利に関する国際規約」:生命、拷問・奴隷・強制労働の禁止、身体の自由、移動・居住の自由、公正な裁判を受ける権利、思想・良心・宗教の自由、表現の自由、集会・結社の自由、子どもの権利、政治的権利、法の下の平等、少数者の権利等。
- 両規約は法的に独立:性質の違いや保障方式の違い。しかし、現実には優位性に関する対立。
両規約の人権保障の方式
(1)保障方式の相違
- 社会権規約:国家による経済的・財政的積極的措置が必要「権利の完全な実現を漸進的に達成」すべきもの(2条1)
- 自由権規約:締約国は直ちにその権利を保障・実現すべきもの(2条1)
- 日本の最高裁の塩見事件では、社会権規約が「政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない」とした。一方で、自由権規約には自動執行性を認める判決 ex.受刑者接見妨害国家賠償、在日韓国人元軍属障害年金
- 社会権規約の差別の禁止、自由な合意による婚姻、児童のための教育の選択の自由などは必ずしも国家の施策を必要とするものではなく、自由権規約の公正な裁判を受ける権利は国家の干渉の排除だけで達成されるものではない→人権不可分・相互依存論 ex.ウィーン行動宣言
(2)自由権規約の義務離脱条項(デロゲーション条項)
自決権と新しい人権概念
- 共通1条:「人民の自決権」はあらゆる人権の効果的実現のための不可欠の前提。
- 新しい人権(ヘンキン):①発展の権利、②平和に対する人権、③健全な環境に対する権利。①については総会の発展の権利に関する宣言(1986年)、アフリカ人権憲章(22条)
個別条約による人権保障の強化
包括的な人権保障を目指した国際人権規約に加えて、女性や子どもの人権など個別分野における人権保障を教科するため個別条約が発展。
女性差別の撤廃
- 国連憲章前文、1条3、55条、世界人権宣言2条、国際人権規約(2条・3条)、女子差別撤廃条約(1979年、日本加入は1985年)
- 女子差別撤廃条約の特徴:法制上の平等のみならず「男女の事実上の平等」(4条1)、「差別」のみならず「区別」をも禁止、積極的是正措置(アファーマティブ・アクション)を取ることを認める。「男女の定型化された役割に基づく偏見及び慣習その他あらゆる慣行の撤廃(5条a)国家による差別のみならず、個人や団体による差別をも撤廃すべき(2条e)「保護より平等」ただし、妊娠・出産等の「母性の保護」に関しては特別の措置を定める(11条・12条)
- 実施制度と留保問題:「女子差別撤廃委員会」と国家報告制度 選択議定書は個人通報制度と調査制度を導入。
子どもの権利の保護
- 「子どもの権利に関する宣言」(1959年)、世界人権宣言「すべての子どもは社会的保護を享受すべき」(25条2)国際人権規約にも同趣旨。1989年「児童の権利に関する条約」社会的弱者としての児童。
- 基本原則:差別禁止(2条)、子どもの最善の利益の優先原則(3条)、生命の権利と生存・発達の確保の原則(6条)、意思表明権の確保(12条)
- 個別権利:表現の自由、思想良心の自由、健康・医療・生活の特別の保護規定、虐待・搾取から保護、家庭環境を奪われた子供の保護、難民の子供の保護、性的搾取からの保護、誘拐・売買等の防止、武力紛争における子どもの保護など。
拷問及び非人道的取り扱いの禁止
- 拷問禁止は慣習法だけでなく強行規範(訴追・引渡請求事件)
- 拷問等禁止条約(United Nations Convention against Torture and Other Cruel, Inguman, or Degrading (CID) Trearment, UNCAT):1987年発効。拷問を公務員等が情報収集等のために身体的、精神的な苦痛を故意に与える行為として定義。米国等はこれをさらに狭く解釈。
人権保障の国際的実施制度
国連における実施制度の概要
(1)普遍的定期審査 universal periodic review, UPR
- 人権理事会の設置決議(2006年)により導入。すべての加盟国は自国の人権の履行状況について理事会の定期審査を受けるという制度(原則4年に1度)
- 審査結果は「成果文書」という報告書にまとめられ、客観的な評価のほか、必要な勧告、自発的な約束・誓約を含む。
- 審査機会の一律性により対象国の非選別性が確保。審査の形式化・形骸化のおそれ。
(2)特別手続 special procedures
- 国別手続:深刻な人権侵害がみられる特定の国を対象とした審査手続。対象国の特定→特別報告者の任命→実態の調査と是正のための審議開始。
- テーマ別手続:国家横断的に発生する特定の形態の人権問題を主題別に扱う手続。各テーマに関する広範な情報収集、緊急行動、現地訪問、迅速な介入、国別状況の報告書。
(3)苦情申立手続 complaints procedure
- 「人権と基本的自由の重大でかつ信頼すべき証拠のある一貫した形態の侵害」があるとの個人やNGOの通報を受けてその対処策を検討するもの。
- 通報は通報者自体の権利義務の救済を目的とするものではなく、条約上の個人申立の制度とは異なる。非公開の審議により、実効性は阻害。
人権条約上の実施制度の形態
(1)国家報告制度
- すべての人権条約に取り入れ。制度上責任追及の性格を持たないので受け入れやすい。ただし、報告書の審査により運用上、責任追及的要素を包含することもある。
- 自由権規約は、1992年より各国の報告書に「総括所見 concluding observation」を付すこととし、2001年からは履行状況を問い合わせる「フォローアップ手続 follow-up precedure」を導入。
(2)国家通報制度
- 締約国の不履行を他の締約国が当該条約の実施委員会に訴える制度。受諾宣言が必要(自由権規約41条、拷問禁止21条、ただし人種差別11条は必要とせず)
- 現実には機能しているとは言い難い。自国の利害に関係しない問題について他国を訴えることに効用はなく、不用意な提訴は返り討ちを多分に想定できる。
(3)個人通報制度
- 被害者たる個人が直接に実施機関に申し立てる制度。選択議定書に別途加盟するか、これを認める旨の宣言を行う。
- 自由権規約によって受理されるための要件:①当該問題が他の国際的解決手続に付されていないこと、②申立が匿名ではなく、手続の乱用に当たらないこと、③その問題について国内的救済手続を尽くしていることなど。
- 受理後は「見解」が提示、違反の有無や是正案の勧告を含む。積極的に利用されているが日本は未加入。
(4)調査制度
- 信頼できる情報に基づいて条約の実施機関が自ら人権侵害の調査を進める手続。拷問禁止条約(20条)と女子差別(8条)で導入。関係国の協力を求めるものとし、同意があれば現地調査も可能。
- 調査はすべて秘密とされ、結果は適当な意見または提案を付して関係国に送付。
(5)人権裁判制度
- 特別の人権裁判所によって人権侵害の有無を決定し、必要な救済措置を命ずる手続。判断が厳格に法に準拠し、かつ当事者を拘束する点で特色。
- 地域レベルにとどまる:欧州や米州のように社会的同質性の高い地域において効果的に機能しうる。
- 欧州人権裁判所:1994年第11議定書以前は、欧州人権委員会、閣僚委員会、欧州人権裁判所の3者で、裁判所の権限は限定的。同議定書は、人権委員会と裁判所を統合し、条約の実施機関を一本化して昨日の効率化を図ると同時に、国家と個人に対して広く出訴権を認め、裁判所は義務的管轄権を有するものとした。
- 米州人権裁判所:実施機関として米州人権委員会と米州人権裁判所。提訴権は締約国と人権委員会のみに認められ、締約国の提訴には選択条項方式。手続的要件として、すべての裁判提訴は委員会での手続の完了が前提 裁判所は勧告的意見が制度が採用。
- なお、アフリカ人権憲章の議定書(1989)によってアフリカ人権裁判所が創設(2004年発効)