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【メモ】米国等によるシリアに対するミサイル攻撃の法的評価

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2018年の米国のシリアの化学兵器関連施設に対するミサイル攻撃について国際法の観点からざっくりまとめてみました。

 

事実と経過

  • 2018年4月、米国は、英仏と合同で、シリア・アサド政権の化学兵器施設に局所空爆を実施。ダマスカスのほか、西部ホムス近郊の施設が標的となった。これは、ドゥーマでのシリア政府による化学兵器使用疑惑に対応するものであった(ただし、シリア政府は使用を否定。)。
  • 同14日、トランプ米大統領は声明を発表し、今回の攻撃の目的は、「化学兵器の製造、拡散、使用に対する強力な抑止を確立する」ことであり、「シリア政府がその使用を止めるまで対応を継続する用意がある」と説明。また、市民の犠牲の危険を最小化するものであり、シリアの化学兵器施設への攻撃は、合法(legitimate)であり、均衡性(proportionate)があり、正当化できる(justified)ものであると表明。
  • さらに、「化学兵器は、その残虐性だけでなく、少量ながら広範な惨事を引き起こす可能性があることから、特有の危険性を有して」おり、「その使用のコストは、常にいかなる軍事的・政治的利益よりも上回ること」を理解させるため、今回の攻撃は「必要」であった、と説明した。
  • これに対し、シリア外務省は、「紛れもない国際法国連憲章違反の攻撃を最も強い言葉で非難する」と表明した。また、ロシア、中国及びイランも同様の反論を表明した。他方、独、EU、日本は攻撃の支持を表明した。

考察

  • 米国等のシリアの化学兵器施設に対する攻撃は国際法、特に開戦法規(jus ad bellum)に違反するか。
  • また、仮に国際法上正当化できる場合、どのような立論が可能か。特に米国は法的根拠を示していないため問題となる(legitimateとは、lawful/legalと区別されることを前提。)。

原則:武力行使の禁止

既存の国際法枠組みにおける例外

国連憲章体制の国際法秩序においては、自衛権行使、集団安全保障(国連安保理の承認)及び領域国同意が武力行使の正当化事由として考えられるが、本件はいずれも満たさないと考えられる。

(1)集団的及び個別的自衛権の行使

シリア政府による米国への(国連憲章51条における)武力攻撃は不存在。

(2)国連安保理の承認

国連憲章第7章に基づく安保理の承認(authorization)なし。ロシア及び中国の拒否権行使による安保理の機能不全(paralysis)が背景。

(3)領域国の同意

シリア政府による同意(consent)なし。シリア政府は、そもそも化学兵器の使用を否定。

合法化の試み

議論の前提:米国の攻撃を違法と評価することの法的含意
  • 自衛権の要件にも該当せず、また、安保理が機能不全に陥っている状況の中で、人道的観点から、一定の要件の下、必要な武力行使を法的に容認することはできないか(あるいは、するべきではないか。)。
  • また、米国の武力行使は違法であるとする場合、むしろそれは、国際法の不遵守を看過することとならないか。もしそうであれば、何らかの国際法の枠組みに組み込むことが、国際法秩序の維持や国際法の信頼性、法的安定性及び予見可能性の観点から有益ではないか。

あり得べき法的根拠

(1)自衛権概念の拡張
  • 化学兵器のテロリストへの拡散に対する先制的自衛(anticipatory self-defense)を認める。
  • 問題点:濫用の危険性。そもそも先制的自衛権の法的評価が議論が分かれて(controversial)いる。
(2)緊急避難
  • 違法性は免れないが、緊急避難(necessity)により責任を阻却する。NATOによるコソヴォ空爆(「違法 (illegal)」であるが「正当(legitimate)」)。
  • 問題点:ロジックとしては妥当するが、「合法性(lawfulness)」を認める枠組みとはなっていない。また、悪用(misuse)の可能性 cf. ロシアによるクリミア併合。
(3)復仇ないし履行
  • 化学兵器使用禁止の規範違反に対する復仇(reprisal)ないし履行(enforcement)として捉える。
  • 問題点:武力復仇は禁止されている。また、化学兵器禁止条約(CWC)の枠組みにおいて独自の履行措置が定められている以上、条約外のかつ武力による履行は認められないと解するべき。
(4)人道的介入ないし保護する責任
  • 民間人(citizen)に対する化学兵器の使用を人道的危機と捉え、人道的介入(humanitarian intervention)及び保護する責任(Responsibility to Protect; R2P)により正当化する。
  • 問題点:概念的には国際法上の評価が分かれている。特に人道性について誰が評価するのかという主観的要素を含むことから濫用が問題となる。
  • また、米国自身が人道的介入の概念に反対を表明しているため説得性に欠ける。また、R2Pについては安保理の承認を前提として議論されてきた。
(5)低烈度攻撃(de minimis)

合法化理論に共通の困難性

既存の国際法において合法化できない場合、(1)武力行使に関する新たな規範を創設するか、(2)既存の規範の「再解釈」を行うことが法理論上必要となる。

(1)新たな規範の創設
  • 国家実行と法的信念(opinio juris)が認められれば新たな規範としての国際慣習法(ICL)を認定可能。
  • しかし、武力不行使原則は国連憲章上の規範であり、国連憲章最高法規(憲章第103条)及び厳格な改正手続(第108条及び109条)を鑑みれば、そもそも慣習法によって明文規定を変更可能であるのかが疑問
  • さらに、武力不行使原則が強行規範(jus cogens)であるとすれば、それを変更する規範もまた強行規範でなければならない(条約法条約53条)
(2)「後の慣行」による憲章の「再解釈」
  • 新たな規範自体を創設するのではなく、「後の慣行(subsequent practice)」により憲章規定(特に第2条4項)の変更(ないし「再解釈」)があったものと考える(条約法条約第31条3項(b))
  • 後の慣行として評価される国家実行は、条約上の義務の変更に関して全ての締約国がその内容について明確に同意する必要があるとされる。国家実行がこのレベルに達したとまで言えるかは疑問。

今後の展望

  • 化学兵器の使用は最も普遍的な条約の一つであるCWC違反であり、かつ、民間人への使用は重大な人道的危機を構成すると考えられる。しかし、領域国(シリア政府)はこの事実を否定し、それゆえ対応する意思がない。
  • 他方で、シリア政府による化学兵器使用は、前例に鑑みれば相当程度の事実の真実性があると考えられ、化学兵器禁止機関(OPCW)及び国連の事実調査は、シリア政府の拒否及びロシア異議により困難であった。
  • さらに、今回の空爆には広範な国際社会の支持(政治的承認)が存在。また、国連安保理は拒否権により機能不全にあるという背景がある。さらに、攻撃の限定性(化学兵器施設に対する空爆)及び被害の大きさを検討すれば、「低烈度」性が認められる。
  • これらの要素を総合的に衡量することによって正当化することができないか。国際法一般ではなく、特に開戦法規(jus ad bellum)の分野において、一つの法的根拠(sole basis)に依拠するのではなく、複数の根拠により正当化を主張するケースが多いことを考えれば、そういった関連要素を総合衡量した上で合法性を判断するという枠組み(ないし一段上の慣習?)を想定することができないか。

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