国際法判例シリーズ。この記事では、ベルヌ条約事件の知財高裁及び最高裁判決についてまとめています。
事実と経過
- 2002年、北朝鮮の行政機関であるXは、同国で制作された映画の日本国内における独占的な上映権等を映画映像会社である日本法人Yに許諾。
- テレビ局等を運営する日本法人ZはXおよびYの許可を受けずにそのニュース番組において北朝鮮映画の一部を放映。
- XYはこの放映がXの著作権とYの利用許諾権を侵害する不法行為に当たるとして、Zに損害賠償を請求。
- 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(Berne Convention)は、2003年4月28日から北朝鮮について、1975年4月24日から日本につきそれぞれ効力を生じている。
- 同条約3条1項( a )は、「いずれかの同盟国の国民である著作者」は「その著作物」についてこの条約によって保護される、と定めており、日本の著作権法6条3号は、同法による保護を受ける著作物として「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」をあげている。
- なお、日本は北朝鮮について国家承認を行っていない。
判決概要
第一審判決:東京地裁(平成19年12月14日)
争点
未承認国である北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を負担するか否か。
判旨
- 国は国家承認により国際上の権利義務が直接帰属する国家と認められる。
- 未承認国は承認をしない国家との間では国家間の権利義務関係は認められないため、多数国間条約に加入したとしても、承認を行っていない国家との関係では、原則として当該条約に基づく権利義務を有しない。
- もっとも、ジェノサイド条約における集団殺害の防止のように、国際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定する普遍的な価値を含むものであれば、承認の有無とは無関係にその普遍的な価値の保護が求められる。
- ベルヌ条約においては、その著作権の保護が国際社会全体において、国家の枠組みを超えた普遍的に尊重する価値を有するものとして位置付けることは困難である。
- したがって、我が国はベルヌ条約3条(1)(a)に基づく義務を負うことはなく、本件著作物は、著作権法6条3号の保護を受けない。
控訴審判決:知財高裁(平成20年12月24日)
判旨
- わが国の政府見解は、わが国は、北朝鮮を国家承認していないため、国際法上の主体たる国家間の関係は存在しない、としている。
- 当裁判所は、日本国憲法上、外交関係の処理及び条約を締結することが内閣の権限に属するものとされていることに鑑み、国家承認の意義や北朝鮮との権利義務関係につき政府見解を尊重すべきである。
- 原判決が、未承認国家との権利義務関係は認められないとしたのは相当で絵ある。
上告審判決:最高裁(平成23年12月8日)
判旨
- 一般に、わが国ついて既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合、当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別、未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずるとは解することができず、わが国は、当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができる。
- ベルヌ条約は、非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではなく、同盟国という国家の枠組みを前提として著作物の保護を図るものである、普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に課すものではない。
- 北朝鮮が同条約について効力が生じた旨の告示は行われていないこと、外務省と文科省は、同条約の北朝鮮に対する義務を負うものではないとの見解を示していることから、我が国は北朝鮮との間にベルヌ条約上の権利義務関係は発生しないという立場を取っている。
- 以上から、本件映画は、著作権法6条3号所定の著作物には当たらない。
論点
- 東京地裁と知財高裁は、国家承認につき現代では国際的には支持されていない創設効果説をとっている。(最高裁は明示せず)
- 最高裁は未承認国との多数国間条約上の権利義務関係は日本政府の選択によってその効力発生を認めることができるとするが、その法的根拠は不明。
- 最高裁は、普遍的価値を有する一般国際法上の義務につき、未承認国との関係を認めたが、これはあくまで一般国際法に由来するものであって、当該条約それ自体に基づくものではないことには注意を要する。
- 一般国際法上の義務なのであればその内容を問わず全ての国に適用されるはずであるが、「普遍的価値を有する」という限定がなされたのかは不明。
- 日本政府は、北朝鮮に国家承認を与えていないと明言しつつ、領域法や海洋法、空法、国家責任法、戦後補償法等の分野で一般国際法が適用されることを国会答弁で認めてきた。
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