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【国際法判例】ジェノサイド条約適用事件(ガンビア対ミャンマー)

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ジェノサイド条約適用事件(ガンビア対ミャンマー)

ガンビア v. ミャンマー 国際司法裁判所(ICJ)

仮保全措置命令 2020年1月23日 

 

事実と経過 

2019年11月11日、西アフリカに位置するガンビアは、ミャンマーに対し、同国のラカイン州に住むイスラム教徒であるロヒンギャについてジェノサイド条約(以下、条約)に違反するとして、以下の認定を求めて国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。

  1. ミャンマーは、ジェノサイド条約第1条、第3条、第4条、第5条、第6条に違反したこと及び違反を継続していること。
  2. ミャンマーが、直ちに国際違法行為を終了し、条約上の義務を完全に遵守すること。
  3. ジェノサイド(集団殺害)の被害者であるロヒンギャに対して賠償(reparation)すること。
  4. 条約違反を繰り返さない保証(assurances and guarantees)を与えること。

また、ガンビアは、ICJ規程第41条に基づき、本案と同時に以下の仮保全措置(provisional measures)命令を要請した。

  1. ミャンマーは、ロヒンギャに対するジェノサイド行為等を防止する即時に措置をとること。
  2. ミャンマーは、同国の指揮及び支援下にあるいかなる軍事的、準軍事的、不正規の武装部隊等が、ロヒンギャに対してジェノサイド及びその共謀等を行わないように保証(ensure)すること。
  3. ミャンマーは、本件に関連するいかなる証拠も破壊したりアクセス不能にしたりしないこと。
  4. ミャンマーとガンビアは、 本件にかかる紛争を悪化させるような行為及び紛争解決をより困難にするような行為をしないこと。
  5. ミャンマーとガンビアは、彼保全措置の命令から4ヶ月以内に、命令を履行(give effect)するための措置について裁判所に報告すること。
  6. ミャンマーは、ロヒンギャに対するジェノサイド行為について調査する国連のすべての事実調査機関に協力し、アクセスを与えること。

決定要旨

裁判所は従来の判例にしたがって、(1)一応の管轄権、(2)主張する権利のもっともらしさと要請する措置との関係性、(3)回復不能な損害の危険と緊急性の有無について審理した。また、直接損害を受けていないガンビアがミャンマーを提訴することができるのかという当事者適格(standing)の問題も争われた。

一応の管轄権

  • 裁判所は、一応の(prima facie)管轄権の基礎がある場合にのみ仮保全措置を指示することができる(米国によるイランへの再制裁事件)
  • ガンビアは、ICJ 規定36条と条約第9条を管轄権の基礎と主張しているため、裁判所はまずは本案について一応の管轄権の基礎をなすか(=条約の解釈・適用・履行に関する紛争の有無)について決定する。
  • なお、ガンビアとミャンマーは、同条約の締約国であり、ミャンマーは、第9条については留保を付していない。

ジェノサイド条約 第9条

この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争は、集団殺害又は第三条に列挙された他の行為のいずれかに対する国の責任に関するものを含め、紛争当事国のいずれかの要求により国際司法裁判所に付託する。 

 

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紛争の存在
  • 紛争は、国家の間にある国際義務の履行または不履行の問題について明確に異なる見解がある場合に存在する。

  • また、両者の主張は、明白に相反する(positively opposed)ものでなければならない(南西アフリカ事件)

  • 裁判所は、ガンビアの主張するミャンマーの違法行為が、条約規定に該当し、結果として裁判所が管轄権を有するものであるかを確認しなければならない。

  • なお、紛争の存在を決定する日時は、裁判所に申立てが提出された時を基準とする(核軍縮交渉の義務に関する事件)

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当事国の主張と判示
  • ミャンマーが紛争の存在を否定したのに対し、ガンビアは、ミャンマーのジェノサイド条約違反行為による国家責任を認定した国連の事実調査ミッション(Fact-Finding-Mission, FFM)による報告を拒絶したことや、2019年10月11日に同国がミャンマーに対して送付した条約違反について主張した口上書について返答しなかったことを紛争の存在の根拠として主張した。

  • 裁判所は、まず、提訴時に紛争が存在していたかについて、当事国間でやりとりされた声明及び文書のみならず、多国間の場でなされたやりとりについても考慮するとし、その上で、事実調査ミッションの報告や国連総会での一般討論演説について言及しつつ、ロヒンギャについて両国間に見解の相違があることを認定した。

  • また、紛争の存在は、反応が求められているような状況における主張に対して反応がなかったことにより示唆されることから、口上書についてミャンマーが反応しなかったことも、紛争の存在を示すものであるとした。

当事者適格

  • ミャンマーは、条約上の義務が締約国間の対世的義務(obligations erga omnes partes)の性格を有することは認めるが、条約違反によって特別に影響を受けていないためガンビアは裁判所に提訴することはできないと主張した。また、ガンビアがイスラム協力機構(OIC)の代理(proxy)に過ぎないと主張した。

  • これに対して、ガンビアは、訴追か引き渡しかの義務事件について言及しつつ、条約上の義務は対世的義務(obligations erga omnes partes)であり, いかなる締約国も特別な利益(special interest)を証明することなく他の締約国の条約違反に対する国家責任を援用することができると主張した。

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締約国間の対世的義務
  • 裁判所は、まず、条約の全ての締約国は、ジェノサイドを防止し処罰することについて共通の利益を有するとした(ジェノサイド条約留保事件)

  • その上で、訴追か引き渡しかの義務事件において、拷問禁止条約の関連規定は、ジェノサイド条約のそれと同等であり、それらの規定が、どのような場合においても各締約国がその遵守につき利益を有する締約国間の対世的義務を創設したと判示した。

  • これによると、ジェノサイド条約のいかなる締約国も、特別に影響を受けた国だけでなく締約国間の対世的義務違反を確認するという観点から、他国の国家責任を援用することができる。したがって、ガンビアは当事者適格(standing)を有すると判示した 

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その他の要件

保護権利と権利の間の関連性
  • 裁判所が仮保全措置命令を指示するためには、当該措置を要請する当事国によって主張される権利が少なくとももっともらしい(plausible)ことが必要である。

  • また、ガンビアが主張する権利がもっともらしいものであることだけでなく、保護しようとする権利と要請する措置の間に関連性(link)がなければならない

  • 前者につき、裁判所は、ミャンマーの口頭弁論や国連総会決議及び事実調査団の報告からガンビアの主張する権利(=ミャンマーにジェノサイド条約の遵守を求める権利)がもっともらしいと結論付けた。

  • 後者につき、裁判所は、第1〜第3の措置について関連性を認めたが、第4及び第5の措置については認めなかった。また、第6の措置についてはその必要性を認めなかった。

回復不能な損害の危険と緊急性
  • 裁判所は、最終的な判断を下す前に、司法手続の対象となっている権利について回復不能な損害(irreparable prejudice)が引き起こされる真に急迫した危険( a real and imminent risk)が存在する場合にのみ、仮保全措置を指示することができる(米国によるイランへの再制裁事件)
  • ミャンマーは、バングラディシュのロヒンギャを本国に送還する(repatriation
    )取組やラカイン州の平和と安定の促進、国際人道法及び人権法違反の責任追及などを主張したが、裁判所は、ロヒンギャを保護する具体的な措置が提示されておらず不十分であるとした。
  • また、裁判所は、2019年の国連総会決議246及び同年の事実調査ミッションの報告から、ロヒンギャが依然として脆弱な状況に置かれており、ジェノサイド条約でにより禁止される行為によるリスクに晒されていることから、真に急迫した回復不能な損害の危険を認定した。 

仮保全措置命令

2020年1月23日、ICJは、以下の仮保全措置を全会一致で指示した(なお、措置4については、ICJ規則第78条について言及。)。

  1. ミャンマーは、ジェノサイド条約上の義務に従い、自国領域内のロヒンギャに関して、条約第2条に該当する行為を防止するすべての措置をとること。

  2. ミャンマーは、自国領域内のロヒンギャに関して、同国の指揮及び支援下にある軍事的及び不正規の武装部隊等が措置1の行為及びジェノサイドの共謀等を行わないことを保証すること。

  3. ミャンマーは、 条約第2条の範囲における行為に関連する証拠の保全及び破壊の防止のための効果的な措置をとること。

  4. ミャンマーは、本件の最終決定がなされるまでの間、この命令から4ヶ月以内(その後は6ヶ月以内)に、この命令を履行するためにとるすべての措置について裁判所に報告すること。

意義及び論点 

  • 拷問禁止条約に続いて、ジェノサイド条約上の義務についても、締約国は、自国の権利利益に関わらず、締約国間の対世的義務に基づいて他の締約国の国家責任を援用することができると判示した点で画期的な命令となった。

  • 事実関係について、裁判所は、主として2018年及び2019年の国連の事実調査ミッションの報告に依拠してこれを認定したことが注目される。なお、ミャンマーは、権利のもっともらしさについてジェノサイドの意図が必要であるとして争ったが、裁判所は、仮保全措置の段階ではこれは必要ないとして退けた。

  • 裁判所は、ガンビアの要請する措置のうち措置4(紛争悪化防止)と措置6(事実調査団への協力)を除いて認めた。認めた措置についてもガンビアがジェノサイドであると主張するミャンマーの具体的な行為(本稿では省略)についての言及を避けたより一般的な形となった(要請された措置以外の命令ができることについては ICJ 規則第75条2項参照。)。

  • 証拠保全措置(措置3)については、事実調査団の後継である国連の独立調査メカニズム(Independent Investigative Mechanism for Myanmar, IIMM)や国際刑事裁判所(ICC)の捜査において証拠隠滅の懸念があったものと考えられる。

  • なお、本件は引き続きICJで審理され、典型的には先決的抗弁、受理可能性、本案判決へと進むことになる予定である。 

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