第二次世界大戦中の強制労働に対する損害賠償請求事件について、米国判例ですが、ちょっと気になっていたのでまとめました。米国の外交関係法(foreign relations law)の授業において、連邦政府の外交権限と州法の関係を扱った際に取り上げられていたものです。
韓国の徴用工判決とはまた違う文脈ですが、日米関係においても同様の問題が生じていたときにどう処理していたのかという観点から気になりました。米国の司法システムについて知識がないと分かりにくいところもあるかもしれませんが、それについてはいずれ気力があれば書きたいと思います。
なお、ここで取り上げる2件の判例は、下級審判決ですが、結論については控訴審(第9巡回裁判所)でも支持(ただし外交権限について限定解釈)、かつ、連邦最高裁への上告は棄却されたため原告敗訴で確定しました。
114 F. Supp. 2d 939 (N.D. Cal. 2000)
カリフォルニア州連邦地方裁判所
判決 2000年9月21日
事実と主張
- 1999年7月、カリフォルニア州議会は、民事訴訟法第354条6項(ヘイデン法、戦時強制労働補償請求時効延長法とも)を可決、施行。同法は、全ての第二次世界大戦中の奴隷労働(slave labor)及び強制労働の被害者及びその遺族に、ナチスとその同盟国(allies and sympathizers)及びこれらの支配地域で活動していた企業に対し、補償請求を認める(may bring an action to recover compensation)ものであった。
- 同法に基づき、第二次世界大戦中、元日本軍の捕虜として奴隷労働者であったと主張する原告らは、日本企業を提訴し、以下のとおり主張した(なお、本件は同様の複数訴訟をclass actionとして一括して判示したもの。)。
- 民事訴訟法354条6項に基づく補償請求
- 強制労働に対する不当利得(unjust enrichment)の返還
- 身体的損害、精神的損害、違法な収容等の不法行為に対する損害賠償請求
- 搾取の事実を開示せずに事業を継続していることに対するカリフォルニア州法(事業及び職業法)違反。
- これに対し被告(日本企業側)は棄却を求めて以下を主張した。
- 原告の主張は、サンフランシスコ平和条約により斥けられる。
- 政治問題(political questions)の法理、主権免除法(sovereign immunity)及び主権無答責の原則(act of state doctrine)により争うことはできない。
- 平和条約及び連邦政府の外交権限(plenary authority)により原告の主張は劣後(preempted)する。
判決要旨
(1)連邦裁判所の管轄権→肯定
カリフォルニア州法に基づく主張のため州裁判所の管轄権を主張する原告に対して、被告の主張する連邦裁判所の管轄権が認められた。
(2)サンフランシスコ平和条約の適用→米国民の請求権放棄認める
- 1951年9月8日、米国及び47の連合国と日本との間で平和条約が締結。トルーマン大統領は、上院の助言と承認を得て条約を批准、1952年4月28日に発効した。
- 第14条は、戦争中の損害及び被害に対する日本政府の損害賠償について規定。特に、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中(in the course of the prosecution of the war)に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権を放棄することを定めている(同条(b))本条は、包括的な請求権放棄の規定であり、捕虜の利益については第16条に規定。
- これに対し、原告は、日本の請求権放棄を定めた第19条には、捕虜の請求権が含まれることが明示されているのに対し、第14条は、戦争捕虜の請求権について明示的に特定していないとして反論。裁判所は以下のとおり判示。
- 第19条が特定していても第14条の文言の意味が変わるわけではない。また、原告は、当該条文が不明瞭であることを立証していない。条約は、将来的な請求を一括して放棄することによって、戦争に関連する経済的損害についての包括的で排他的な解決を目指したものである。
- 裁判所は条約が曖昧であるとは認めず、よって、それ以上解釈する必要はない。しかし、第19条( b )に不確定要素(uncertainty)がある限りにおいて、裁判所は、当該条文の文言だけでなく、条約の歴史や交渉過程及び当事者間の実際の解釈について考慮することができる(may)。この考慮に当たって、裁判所は独自に歴史的文書を検討する。条約の公式な交渉記録、米国の対日占領政策、上院外交委員会の記録(条約によって補償されない個人は、米国議会を通して救済を追求しなければならないとする)は、原告の主張する請求権は放棄されたものとする結論を支持する。
- また、議会証言や国務省の声明などの最近の事例は、平和条約が米国のアジアにおける安全保障上の利益保全と地域の平和と安定に貢献してきたことを認め、政府としても改めて補償を追求する意思はないことを示すものである。
- さらに、米国政府の法廷助言人(アミカス・キュリエ)にもあるとおり、この条約解釈は、外交関係を管轄する行政府(executive department)にも継続して支持されてきたものであり、重みを持つ(significant weight)(Sullivan v. Kidd, 254 U.S. 433 も条約解釈における行政府の解釈の重要性を認める。)
【参考】第19条
(b) 前記の(注:日本の請求権)放棄には、... 日本人捕虜及び被抑留者に関して生じた請求権及び債権が含まれる。...
- その他、原告は以下の反論を展開。
- 「戦争遂行」の結果として生じた損害ではない。政府ではなく企業によるもの。→戦時下の日本において、大企業と日本帝国を区別するのは現実的ではない。原告自身、日本軍が戦争を遂行するために労働していたといえる。
- 平和条約は合衆国憲法違反であるとともに国際法違反である。→外国国家に対する自国民の請求権を解決する主権(sovereign authority)を政府は合法的に行使することができるという確立された原則に反する。
- 第26条によれば、日本が他の国との間でより優位な条件で請求権処理を行った場合、原告の権利も復活(revive)する。→第26条の権利は条約の締約国にのみ与えられているのであり、原告でなく米国政府がその決定権を持つ。
【参考】第26条(関連部分抜粋)
日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行つたときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼされなければならない。
(3)米軍及びその同盟軍以外の原告→平和条約の請求権放棄規定の適用なし
米国民については平和条約により補償請求はできないが、中国及び韓国国民の原告は、平和条約の締約国の国民(citizen)でないため、平和条約の適用はないため、更なる検討を必要とする。
164 F. Supp. 2d 1160 (N.D. Cal. 2001)
カリフォルニア州連邦地方裁判所
判決 2001年9月17日
事実と経過
- 前記裁判の原告のうち、平和条約の適用がないとされた中国国民及び韓国国民は改めて第二次世界大戦中の強制労働について日本企業を提訴。
- 原告は、民事訴訟法354条6号の補償請求を含む5件の州法及び2件の国際法に基づく権利を主張(なお同法は、対象をカリフォルニア州民に限定せず。)。
- これに対し、被告(日本企業)は、特に、民事訴訟法354条6号は連邦政府の外交権限侵害及び適正手続(due process)違反のため違憲であると主張した。
判決要旨
(1)サンフランシスコ平和条約の適用→適用なし
米国と異なり、中国および韓国は平和条約の締約国でない(韓国は日本と戦争をしていない、中国については内戦のため条約交渉に参加していない)ため、中国及び韓国国民は、請求権放棄規定(第14条(b))の影響を受けない。
(2)民事訴訟法354条6項の合憲性→連邦政府の外交権限を侵害するため違憲
- 外交関係に関する連邦政府の排他的権限は憲法上の原則であると長く認識。
- 合衆国憲法は、外交権限(foreign relations power)について明示的に規定していないものの、対外関係(external affairs)に関する権限を立法府及び行政府に配分すると同時に各州がその権限に干渉する可能性のある活動に従事することを禁じている。
- 最高裁は、憲法は、外交権限を連邦政府に排他的に与えており、州法は、連邦政府の外交政策の効果的な執行を損なう場合は劣後すると判示した(Zschernig)
- したがって、州法が、対外関係に示唆(implication)を与えるだけでなく、外国に対して付随的または間接的な影響(incidental or indirect effect)以上のものを与える場合は違憲。
- 民事訴訟法第354条6項は、(1)直接に国際関係に影響を与える目的である(2)特定の国を対象にしている(3)連邦議会が明示的に州に規制権限を委ねた(deligate)領域を規律するものではない(4)日本政府及び日本企業に対する批判的論評(negative commentary)の司法フォーラムを形成する(5)日本政府が本件訴訟は外交関係を複雑化及び妨害すると主張している(6)米国は、国務省を通じて、連邦政府の外交権限を許されない形で侵害していると主張していることから、同法を適用することは、米国の国際関係に混乱ないし当惑(disruption or embarrassment)をもたらす大きな可能性があり、日本に対して付随的又は間接的な影響以上のものを与えるものである。
(3)外国人不法行為請求権法(Alien Tort Claims Act, ATCA)の適用→時効の経過により請求権消滅
- 原告は、外国人不法行為請求権法(1789年)に基づいて損害賠償を主張。同法は、国際法(law of nations)又は米国が締約国である条約に違反する不法行為に限り、外国人によって提起される民事訴訟の第一審管轄権を米国裁判所に認めるもの。
- 要件として、(1)外国人による主張であること、(2) 不法行為であること (3)国際法違反であることが必要。適用される国際法は、特定され、普遍的でかつ義務的でなければならない(specific, universal and obligatory.)
- 国際法違反の認定:ニュルンベルグ軍事裁判の判例等を検討し、奴隷労働(及び強制労働)は国際法上の人道に対する罪であると認定。また(カリフォルニア州連邦地裁の上級裁判所にあたる)第9巡回裁判所(Ninth Circuit)は、奴隷を強行規範(jus cogens)と認める。
- 時効の問題:ATCAには時効についての規定がないが、類似の法律である拷問被害者保護法(Torture Victim Protection Act, TVPA)の時効は10年のため、類推してATCAについても同様とする。原告が時効満了前に訴訟を提起できなかった特別の理由も認定できない。したがって、原告の主張する請求権は時効により消滅した。