トランプ米大統領のソレイマニ・イラン軍司令官殺害について主に国際法の観点からざっくりまとめてみました。
※2020年2月14日に米国政府から新たに発表された文書について追記しました。
事実及び経緯
- 2020年1月3日、米国は、イラク・バグダット国際空港へ移動中であったソレイマニ・イラン軍司令官を標的型ドローン攻撃により殺害。ソレイマニ司令官は、イラン革命防衛隊(IRGC)の対外工作を行うゴッズ部隊(Quds Force)の司令官であり、イラン国内外のシーア派勢力の軍事作戦において中心的役割を果たしていた。
- これに対し、イランの最高指導者あるハメネイ師は米国に対する厳しい報復を宣言。これに応ずる形でトランプ米国大統領はイランの文化施設攻撃も含めた報復を示唆した。事態の悪化を受けて、イラクのアブドゥルマハディー・イラク首相は、同国における米軍駐留の同意の撤回を呼びかけた。また、米国務省は、イラクに滞在する全ての米国人に対し即時に同国を退去するよう勧告した。
国際法上の論点
米国による武力攻撃は、国際慣習法及び国連憲章51条上の自衛権により正当化されるか?
米国の主張
オープン・リソースで拾えるものをまとめると以下のとおり。
(1)トランプ米国大統領
- 今回の殺害は、戦争を始めるためではなく戦争を止めるための攻撃。
- 殺害の根拠として、ソレイマニ司令官は、米外交官と軍人に対する邪悪で(sinister)差し迫った攻撃を計画していたため(ただし、主張された米国の4大使館の攻撃計画については、国防総省はその事実を否定。政権内で食い違い。)。
(2)米国防総省によるプレスリリース
- 今回の攻撃は、大統領の指示による米国人を保護するための明白な自衛的行動。
- イラン革命防衛隊は、米国が指定したテロリスト組織。
- ソレイマニ司令官は、イラク及び同地域における米外交官及ぶ軍人に対する攻撃を計画していた。
- ソレイマニ司令官及びコッズ部隊は数千人の傷病者及び数百人の米国と同盟国の軍人の死亡に対する責任がある。
- バグダッドの米大使館襲撃もソレイマニ司令官が承認したもの。
- 今回の攻撃は将来のイランによる攻撃計画を抑止するもの。
(3)1月8日付国連安保理宛書簡
- 国連憲章51条に従って自衛ための固有の権利を行使した。
- 今回の攻撃は、イラン及びイランが支援する軍隊(Iran-supported millitias)による米国の軍隊及び中東地域における利益に対する、数ヶ月にわたるエスカレートする一連の武力攻撃(escalating series of armed attacks)に対抗するもの。
- イランが米国及び米国の利益に対してさらなる攻撃を支援または実行するのを抑止するため。
- イラン革命防衛隊ゴドス部隊が支援する軍隊の能力を低下させるため。
- エスカレートする一連の武力攻撃には、2019年7月18日のホルムズ海峡を航行中であった強襲揚陸艦USS BOXERに対するドローンによる脅威及び同年6月19日のホルムズ海峡上の国際空域を飛行中の米海軍偵察機MQに対するミサイル攻撃を含む。
- 今回の攻撃は、また、オマーン湾及びフジャイラ港の商船に対する攻撃及びミサイルと無人機によるサウジアラビア領域への攻撃を含む国際の平和と安全を脅かすイランの継続する攻撃に対するもの。
- コッズ部隊が支援するカタイブ・ヒズボラは、2019年12月27日にキルクーク(Kirkuk)近郊のイラク軍基地攻撃により米民間人1名を殺害し、同年12月31日にはバグダッドの米大使館を襲撃した。
国際法上の自衛権
国際法上、武力の行使は一般的に禁止(国連憲章2条4項及び国際慣習法上の強行規範)例外的に、国際慣習法及び国連憲章51条の自衛権行使による正当化。
(1)自衛権を扱った判例
【判例】オイル・プラットフォーム事件(ICJ判決、2003年)
-
攻撃がイランに帰属しなければならない。米国に立証責任。
- 国連憲章51条及び国際慣習法上の「武力攻撃 armed attack」でなければならない。
- 武力攻撃は、「最も重大な形態 the most grave forms」による武力の行使を構成しなければならない(米国は異なる見解を有しており、およそあらゆる武力行使は武力攻撃を構成すると一貫して主張している。)。
【判例】核兵器使用の合法性事件(ICJ 勧告的意見、1996年)
自衛権は武力攻撃に対して均衡的(propoetionate)で、対抗するのに必要な(necessary)措置によってのみ正当化される。
(2)その他一般的な要件
一般原則として、必要性(当該武力行使が正当な防衛目的を達成する上で最終手段であったこと)及び均衡性(受けた損害に対して当該武力行使が比例的であること)を満たさなければならない。また、国連憲章51条上の要件とはなっていないが、差し迫った(imminent)または、現在進行形の(on-going )武力攻撃であることが一般的に要件とされている。
さらに、終了した武力攻撃に対しては、急迫性及び必要性を満たさず自衛権行使は認められず、この場合の反撃は国際法上正当化しえない報復(retaliation)ないし復仇(reprisal)となる。従って、断続的な攻撃に対しては、武力攻撃でない対抗措置などの代替的手段によって対応しなければならない。
考察
そもそも過去の武力攻撃(イラクの米軍基地攻撃及び大使館襲撃)に対しては、現在進行形または差し迫った武力攻撃でないために自衛権を行使できない。仮に武力攻撃が継続していると考えた場合も自衛権発動の対象となる重大な形態な武力攻撃と言えるかが問題。
ソレイマニ司令官殺害の根拠となった「将来の計画」については、差し迫った武力攻撃とは言えないため自衛権行使の対象とはならない。また発生していない武力攻撃について必要性及び均衡性を検討することはできない。米国政府内での意見の食い違いから切迫性についても疑義があり、また、実際にいかなる情報に基づいて判断がなされたのかについても、機密を理由として事実が開示もされていないため判断できない(なお、戦争権限法上の議会報告についても機密扱いとされ公開されていない。)。
その他の論点
主たる検討事項である自衛権行使の問題の他に本件には様々な論点を想定しうる。
・先制的自衛(preemptive self-defense)及び自国民の保護:濫用の恐れがあることから国際法上の武力行使の正当化根拠として一般的に認められていない。他方で、自国民の保護についてはその法的位置づけに争いがあるも多くの国家実行が見られる。
・第三国による同意(consent):国家主権(territorial soverignty)の帰結として、他国の領域内における領域国の同意なき武力行使は認められない。イラクの米軍に対する武力行使の同意は IS に対するもの。イランに対する武力行使を承認するものではない。意思がない又は能力がない(unwilling or unable)の基準による正当化?
・武力行為の帰属:米大使館襲撃の行為主体はイランではなく、イランの支援する軍事的集団によるものなので、武力攻撃の責任がイランにあることを米国は立証しなければならない。この場合、行為の帰属基準は実効的コントロールの基準によるものと考えられる。
・戦時国際法の適用:仮に米国とイランが交戦状態にあるとすれば、開戦法規(jus ad bellum)ではなく戦時国際法(jus in bello)ないし国際人道法(International Humanitarian Law, IHL)が適用され、1949年ジュネーブ条約議定書によれば、ソレイマニ司令官は軍事指導者であり、正当な軍事目標として攻撃が正当化される。他方で、両国とも宣戦しておらず、また、戦争を開始する意図を有してもいないため、交戦状態(in armed conflict)にあると考えることは困難(ただしジュネーブ法自体は宣戦の有無に関わらずあらゆる武力紛争に適用。)。また、別の論点として、そもそもソレイマニ司令官殺害のドローン攻撃について、IHLか国際人権法(International Human Rights Law, IHRL)のどちらが適用されるかという問題もあり。
・暗殺(assassination)の合法性:少なくとも平時においては違法と考えられる。主権平等及び相互主義を含む国際法の一般原則による。交戦時においては上記のとおり正当化可能性あり。なお、1976年の米国大統領令12333は、米国政府職員等による暗殺を禁止。暗殺の定義は規定されていないが、政治的指導者の違法な殺害を解釈される。米国務省は、ソレイマニ司令官の殺害は暗殺ではなく自衛的措置であることを説明。
・米国内法上の論点:戦争権限法(WPR)上の報告義務、2002年武力行使承認(AUMF)による正当化の可能性。憲法第2条の最高司令官(Commander in Chief)の権限による単独武力行使?事実の不足。
追記:国防承認法第1264条に基づく報告
2020年2月14日、米国政府は、国防承認法(National Defense Authrization Act, NDAA)第1264条に基づく報告を議会に対して提出。同報告は武力行使に関する法的枠組みを説明するために義務付けられているもの。従来の政府の説明に関連して、本報告のポイントは以下のとおり。
差し迫った(imminent)攻撃の削除
大統領の軍事行使権限は、合衆国憲法第2条の最高司令官の権限に基礎。これによれば、大統領は、米国の重要な国益を保護するため攻撃又は差し迫った攻撃の脅威に対して武力を行使することができるとするが、具体的に差し迫った脅威があったという記載はなし。
今回の武力行使は、米国及び中東地域における米国の利益に対するエスカレートする一連の攻撃(an escalating series of attacks)に対するものであり、その目的は、米国民の保護、イランの将来の攻撃の抑止、イランが支援する武装勢力の弱体化などであるとする。
2002年の武力行使承認(AUMF)の適用
- 武力行使の根拠として、憲法第2条とともに、2002年の武力行使承認を援用。
- 2002年AUMFは、イラクによる米国の国家安全保障に対する脅威を防ぐために武力行使を承認するものであり、当初、その脅威はサダム・フセインによるものであったが、米国は、安定的で民主的なイラクを確立し、テロリストの脅威に対処するため、武力行使を同法に長く依拠してきた。そうした脅威は、イラクのみならず、イラクにおける武装勢力やテロ組織などの米国に対する脅威に対しても適用可能である(→これまで政府はイランに対して適用できないとしていた。)。
国際法上の自衛権
国連憲章第51条の自衛権を援用。ただしその対象は、イラン及びイランの支援する武装勢力(Iran-supported militias)によるエスカレートする一連の武力攻撃とする。武装勢力の帰属(attribution)の問題については触れていない。