米国の国際法関連の記事でよく目にするイエメン内戦。今回は、特にその端緒となった2015年のサウジアラビア等のイエメンに対する軍事作戦の合法性についての議論についてまとめています。
事実と経過
- 2011年1月、「アラブの春(Arab spring)」がイエメンにも波及。ムハンマド・アリ・アブドラ・サーレハ大統領の辞任を要求して抗議。これを受けて大統領は、湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council, or GCC)と国連、EUとの間で政権の移行プロセスに合意。
- 2012年2月に行われた大統領選挙で、唯一の大統領候補であったハーディー副大統領が大統領に就任。国民対話会議(Conference for National Dialgue, or NDC)が新たに発足。
- 2014年には、民主化プロセスを支援するために国連安保理決議2140が採択。同年、NDCは解散し、イエメンは、6つの地域からなる連邦制へと移行することとなった。
- この間、イスラム教シーア派の一派であるザイード派の武装組織であるフーシ(Houthi)派(アンサール・アッラー (Ansar Allah) とも呼ばれる)は政治不安に乗じて、イエメン北部から勢力を拡大していた。この動きには同じくシーア派であるイランが支援していると疑われていた。
- サーレハ元大統領と同盟関係を結んだフーシ派の軍人アル・フーシは、2014年9月には首都のサヌアを完全に占拠し、ハーディー大統領を軟禁状態においた。
- 2015年2月、フーシが政権掌握を宣言すると、ハーディー大統領は南部のアデンへの逃亡(その後、サウジアラビアのリヤドへと退避。)。2015年3月24日、ハーディ大統領は、GCCに対して軍事援助を求める書簡を送付した。
- 同月25日、イエメン国民及びフーシにより奪取された正統な政府を保護することを目的として、サウジアラビアを始めとするGCC諸国による軍事作戦(Decisive Storm 作戦)が開始。また、米国及び英国には技術及び兵站の支援を行った。
- その後、イエメン内戦は、幾度かの外交的な和平プロセスの試みはあったものの、サウジアラビアの支持する暫定政権とイランの支持するフーシの「代理戦争」の様相を呈し、さらにはアルカイダなどの地域勢力も巻き込み泥沼化、2020年現在においても継続している。
各国の反応・主張
(1)イエメン
- ハーディー大統領は、GCCに対して軍事支援を要請する書簡及び国連へ宛てた書簡の中で以下を主張した。
- フーシの軍事活動は、侵略行為であり、その脅威はイエメンの安全のみならず、地域全体と国際の平和と安全に対するもの。
- 国連憲章第51条、アラブ連盟憲章(the Charter of the League of Arab States)及びアラブ共同防衛条約に基づき、軍事介入を含めた必要な措置を及び支援を要請する。
- フーシ勢力は、「地域勢力 (reginal forces)」により支援され、外部勢力の道具となっている。
(2)サウジアラビア及びアラブ連盟その他介入勢力
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アラブ連盟は、GCC及びアラブ諸国によるイエメンに対する支援を歓迎し、軍事作戦はアラブ共同防衛条約及び国連憲章第51条により正当化されるとした。
- 米国は、ハーディー大統領の要請に基づくイエメンの正統な政府を防衛するためのサウジの軍事活動を認め、同様に、英国は政治的支持を表明した。
(3)その他の第三国及び国際機関
- 他方で、国連(潘基文事務総長)、EU(モゲリーニ上級代表)、中国及びオマーンは懸念を表明し、対話による解決を促した。
- イランは、国連安保理の承認なき武力の行使は武力不行使原則にするとして軍事活動を非難した。ロシアも同様に法的根拠を欠くとした。イラクは、内政府介入を主張した。
- 国連安保理は、決議2216においてハーディー大統領の軍事支援要請と介入勢力の書簡について参照したが、これを事後的に承認することも非難することもなかった。また、合法性について問題視する理事国もなかった。
合法性の問題
サウジの軍事介入は、国連憲章第2条4項及び慣習法上の武力不行使原則に違反。これを正当化する国際法上の根拠として、自衛権(イエメンに対する集団的自衛権及びサウジの個別的自衛権)と領域国の承認が考えられる。
イエメンへの武力攻撃に対する集団的自衛権の行使
(1)武力攻撃の外部性
- 国連憲章第51条の自衛権発動の要件である武力攻撃(armed attack)は越境攻撃(transbondary)であることを措定。
- フーシ派はイエメン国内の武装組織(非国家主体)であり、その攻撃は基本的には対外性を有さない。
- 第三国(ここではイラン)のフーシ派への関与により外部性を帯びることで間接的な侵略として構成できないか。非国家主体の国家への行為の帰属基準が問題となる。
(2)行為の国家帰属基準
- 国際司法裁判所(ICJ)は、ニカラグア事件において、当該国家の実質的な関与(substantial involvement)が必要であると判示し、武器供与や兵站支援はこれに含まれないとの立場をとった。
- 他方、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)は、タヂッチ事件において、国家が軍事組織の財政や装備等の支援に加えて軍事行動の組織・調整・計画していれば、当該軍事組織の行為は国家に帰属するとする全般的支配(overall control)説を示した。
- 全般的支配説は、武力紛争法ないし国際人道法(jus in bello)において、武力紛争が国際的か又は非国際的であるかを判断する基準として捉えられているため、これを開戦法規(jus ad bellum)にまで拡張できるかは争いがある。 cf. ジェノサイド条約適用事件
- いずれにせよ、本件においては、具体的なイランの関与が公式に主張されることはなく、いずれの介入勢力も証拠を提示することもなかった。
サウジアラビアへの武力攻撃に対する個別的及び集団的自衛権の行使
イエメンへの武力攻撃に対する集団的自衛権としてではなく、サウジアラビアへの武力攻撃に対する個別的自衛権行使として構成できないか。
(1)非国家主体に対する自衛権
フーシ派は非国家主体(Non-State Actor, NSA)であるため自衛権発動の対象となるかが問題。これについては関連記事参照。
(2)先制的自衛権
- 非国家主体に対する自衛権を認めるとしても、Decisive Storm 作戦の時点ではサウジアラビアに対する実際の(actual)武力攻撃は発生しておらず、またサウジもその旨主張していないため、先制的自衛権(anticipatory self-defence)が問題となる。
- 先制的自衛権の先例とされるカロライン事件の基準によれば、少なくとも武力攻撃が差し迫った(imminent)ものでなければならない。しかし、本件においては、フーシ派がサウジアラビアに対して敵対的であることは認められるも、武力攻撃が差し迫った状態にあると認めることは困難。
領域国の同意
ハーディー大統領による武力介入の要請は、一般的に武力不行使原則の例外とされる領域国の同意(intervention by invitation)を構成するか。
(1)同意権限の問題
- 政権の座を追われた大統領が他国による自国への武力行使に対して同意を与える権限を有するのかが問題となる。
- 領域国の同意は、同意主体が(1)国家領域を実効的に支配していること、及び、(2)広く国際的に承認されていることを要件として議論されてきた。
- 後者の要件について、国連安保理決議2216は明確にハーディー大統領の暫定政府を正統な政府として承認。
- 他方、前者の要件について、2015年3月にはハーディー大統領は実効的支配を失っていた。この点に関して、正統性の根拠(ex. 民主的正統性)が実効性を相殺するとする立場など。
(2)内戦への干渉
- ハーディー大統領の同意権限を認められるとしても、内戦については特別の考慮が必要。
- 伝統的に、不干渉主義と人民の自決権尊重の立場から、国際法は内戦における第三国の介入を禁じているとする立場が多数説。
- これに対して、法律上の(de jure)政府に対する援助は許されるする学説。また、前者の説を採用するにしても、既に叛徒に対する第三国の支援が存在している場合には、国際的に認められた正統な政府をに対する支援は許されるとする立場もあり。