Dancing in the Rain

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Life is not about waiting for the storm to pass but about learning how to dance in the Rain.

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裏切りの報酬【旅エッセイ/アルバニア】

 

「ここで次のバスに乗り換えればいい」首都ティラナから石の街ジロカストラへと向かう途中、交差点のど真ん中で降ろされる。交差点といっても、未舗装の道が文字通り交差しているだけで、バス停のようなものも見当たらない。何の標識もない。誰かに道を聞こうにも言葉がわからないし、ここまで来れば、グーグルマップだって役に立たない。灼熱の太陽と、渇いた大地と、名もなき交差点。

 

途方に暮れていると、どこからか男が現れる。俺も同じ方向だから一緒に行こうと、男は言う。というかそう言った気がする。よく考えてみると、来た道と違うもう一方の道を行くはずだから、いずれにせよ確率は二分の一ということになる。自分の運に賭けるしかない。そういえば、昔、インドでも置き去りにされたことあった。その時も、一体どこに向かっているのか分からないミニバスに乗せ込まれることになったけれど、結果的には上手くいった。

 

日陰でじっと来るかも分からないバスを待っていると、そこに何人か人だかりができる。やっぱりここで間違い無いのかもしれない。気がつけば男は隣にいた婦人と口論を始めている。あるいはアルバニア人というのはもともとそういう激しい話し方をする気性なのかもしれない。でももちろん僕には何を話しているのかが理解できない。

時折、目の前をミニバスのような趣のバンが通りかかる。その度に男はドライバーに話しかける。おそらく行先を聞いてくれているのだろう。頼もしいものだ。旅先で迷った時は、道連れを見つけるのがいい。それがローカルだと尚更いい。

今度は目の前を通り過ぎたはずの車が止まって、途中まで乗っていくかと声をかけてくる。もちろんそれは親切心からではない。男は運転手と値段を交渉して、これならいけるか、と僕に金額を提示してくれる。僕はなかなか首を縦に振らない。交渉決裂。こんな状況でも僕には譲れないラインがある。

更に何台かミニバスが通り過ぎる。その度に周りの何人かが乗り込み、気がつけば僕はまた男と二人だけになっている。僕はそれでも平静としている。何とかなるような気がしている。何とかなるに違いないと思う。苦難を共にすると特別な親近感が湧いてくる。もう旅の相棒と言ってもいいかもしれない。

男はとうとう諦めがついたのか、今度は親指を立てて通りがかりの車が止まるのを待っている。どうもヒッチハイクをしようとしているらしい。そう簡単にはいくはずがない。そう考えていた矢先、通り過ぎたはずのトラックが一台静かに止まる。男は駆け込むように近づいていくと、ドライバーと言葉を交わし、ひょいっと助手席に乗り込む。トラックはまた砂埃を上げて遠ざかっていく。

僕はこの一瞬の出来事を目の当たりしにて、何が起きているのかしばらく理解できないでいる。それから、ようやく自分が一人取り残されたことを知る。不思議とそこにはあるべき怒りも動揺もなく、僕は、男の何とも軽やかな立ち居振る舞いにただ感心してしまっている。きっと、生きていくとはこういうことなのだ。どんな時も、強かに。

こうして僕はまた一つ生きていく知恵を身につける。

旅はまた僕を逞しくする。