2023年夏。
久々に一人旅に出た。
行き先は、14年前に家族で行った、香港。
どことなく懐かしくてノスタルジックなフィルム調の写真によく合う街並み。
東京に負けず劣らず蒸し暑くて、時々、短く激しい雨が通り過ぎていった。
なぜ香港なのかと聞かれると(既に何度も聞かれているけれど)やっぱり答えに窮してしまう。とりあえずアジアに行きたかったとか、近場で予算的にも余裕のありそうなところとか、古い友人に会うとか、いくつかそれっぽい回答はあるのだけれど、まあつまらない。それなら理由なんてない方がマシだ。
もうホステルには泊まらないと思っていたけれど、どういう因果か結局色々あって泊まることになる。すれ違う人生。そうやって僕らは出会ったり、出会わなかったりして、時を過ごしてきたのだ。僕はそこにかつての自分の幻影を見る。
ごった返す雑踏とかクラクション鳴り響く喧騒とか、そこまでのものはこの街にはもうないけれど。香港のシンボルとも言えるネオンサインだってもうその殆どが撤去されてしまった。
香港で、どうしても行きたいと思っていた場所があった。ソーシャルメディアで見かけた古い集合住宅だ。調べてみるとモンスター・ビルディングと呼ばれているらしい。地下鉄やトラムを乗り継いで向かう。実はもう結構観光地になっていて、ちらほらカメラを持った人の姿が見える。
その敷地に立ち入った瞬間、僕はハッと息を飲む。それは決して廃墟なんかじゃなくて、圧倒的なまでの剥き出しの生そのものだった。それ自体が意思を持った集合体のように、僕を見下ろしている。
毎朝その日の気分でやりたいことをしたり、しなかったりするというのは、とても自然なことだと思うけれど、もちろん僕らの日常はそうはなってはいない。実際、この非日常的感覚が日常になってしまったら、どういう心情になるのかいまいち想像ができない。直ぐに飽きてしまうかもしれないし、心地よく思っているかもしれない。そんなのなってしまわないと分からない。
ただ、そんな日々が何となく名残惜しいような、言葉にならない感情だけが心に残る。