Dancing in the Rain

Dancing in the Rain

Life is not about waiting for the storm to pass but about learning how to dance in the Rain.

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それでもどこにも行くことができない君へ

「こんなお堅い仕事してますけどね、本当は、自分のことなんて誰も知らないような外国の街に飛び出して、肩で風をきって通りを歩いてみたい、なんて思っているんですよ」と彼はいかにも照れ臭そうに言った。彼の小さい目が更に小さくなって、ついには見えなくなった。「全く別の人生を送ってみたいというか。本気でそう思っているんです。密かな願望とでも言えばいいですかね」

日曜日の午後の駅近のビアカフェ。ぐずついている天気のせいか人はまばらだ。徐々に夕食時が近づいているということもあるのかもしれない。

「だったら、きっぱり仕事を辞めて、何なら明日の便にでも飛び乗って、試しにどこか行ってみればいいんじゃないですか」
「どこって言ったって、一体どこへ」「うーん、ほら、たとえばエルパソとか」と僕は思いつきで、それでも割と真剣に言ってみた。

エルパソ?何でよりによってエルパソなんだ?東京からわざわざテキサスの端っこまで行って、国境を越えてメキシコ側でしばらく身を隠せとでもいうのか?リオ・グランド川を渡って?古いギャング映画みたいに?

茶化すのはよそう。いつもの悪い癖だ。

案の定、彼はきょとんとしたような表情で、ひとしきり僕の言ったことについて思案しているようだった。多分エルパソがどこかなんて分かっていないのだろう。でも彼がエルパソを知らなかったことによって非難されるべきではない。これまでも、この先も、彼の人生において(というか多くの人々の人生において)エルパソが重要な意味を持つことはおそらくないのだから。

それから、彼は思い出したかのように手元のいかにも甘ったるそうなフルーツティーをストローでかき混ぜた。氷はすでに溶け切っている。僕はビールのおかわりを頼めずにいる。

「確かに今の仕事はそんなに好きじゃないですよ。平日は仕事ばかりで、楽しみといえば週末に学生時代からやってるバレーボールをすることくらい。とはいえですね、やっぱり仕事はそんなすぐに辞められないですよ。他人に迷惑もかかるし。何よりお金も大事です。働くことは、生きることです」

働くことは、生きることです、と僕は心の中で復唱した。死ぬことは、生きることです、と別の誰かが言った。

「でも、このままじゃたぶん変わらないと思いますよ。何も」と僕は意地悪く言ってしまう。「変わりたいと思っているだけで終わってしまうかもしれませんよ」そうやってまた正論を振りかざす。

出し抜けに僕は、彼が言ったように「肩で風を切って」ストックホルムかどこかの裏通り颯爽と去っていく姿を思い浮かべた。身の丈に合っていないトレンチコートに首を埋めて。やや滑稽な光景だけど、どこか小説的で気に入った。

「分かりました。そうですよね。じゃあ、来年こそ、有給使ってとりあえずどこかに行ってみます」と彼は誰かに向かってそう言った。「出来れば日本人に対して偏見のないような国がいいんですよね。どこがいいですかね。やっぱり台湾とかですかね」そうかもしれないですね、と僕は誰でもない声で言った。

店の外に出ると、いつの間にか降りやんだ雨は街を夜の光ですっかり染め上げていた。風が少し寒い。ついつい長居をしてしまったようだった。次の予定があるわけではなかったけれど、ここで切り上げてよかった。

「何かが変わるかもしれない」と彼は最後にそう言った。
「何かが変わらなくても」と僕は返す刀でそう言った。

そうして彼は駅の方へと消えていった。
そこには、じゃあ、もなければ、またね、もなかった。

【国際法判例】ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件(南アフリカ対イスラエル:ICJ仮保全措置命令)

国際法判例シリーズ。この記事では、ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件のICJ仮保全措置命令についてまとめています。

 

【事件名】ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件

【当事国】南アフリカ v. イスラエル 

【決定日】国際司法裁判所(ICJ)仮保全措置命令:2024年1月26日

 

<国際法判例の記事一覧はこちらから>

事実と経過

  • 2023年10月7日、パレスチナ武装勢力が、ガザ地区からイスラエルに向けて多数のロケット弾を発射し、イスラエル領内に越境攻撃を行い、多数の死傷者が発生。また、ガザ地区から武装した戦闘員が侵入し、イスラエル国防軍と交戦。イスラエル国防軍は、ガザ地区への空爆を実施し、予備役を招集。その後も戦闘は継続し、双方に多くの犠牲者が発生している。
  • 2023年12月29日、南アフリカは、イスラエルによるジェノサイド条約上の義務違反の認定と条約の遵守等を求めてイスラエルを国際司法裁判所(ICJ)に提訴。同時に、南アフリカはICJに対して仮保全措置命令を要請。2024年1月26日、ICJは南アフリカの主張を容認し、イスラエルに対して仮保全措置命令を発出した。

仮保全措置命令の請求内容

南アフリカは、以下の措置を講じるよう命令することを要請した。

  1. イスラエルは、ガザにおける及びガザに対する軍事行動を直ちに停止すること
  2. イスラエルは、その指示、支援又は影響を受け得る軍隊又は非正規の武装部隊等が、上記(1)に掲げる軍事行動を助長するような行動を取らないことを確保しすること。
  3. 南アフリカ及びイスラエルは、条約に従って、パレスチナ人との関係において、その権力の範囲内で合理的な全ての措置を講じること。
  4. イスラエルは、条約に従って、条約により保護される集団としてのパレスチナ人との関係において、同条約第2条の射程に含まれるあらゆる全ての行為の実施を差し控えること。
  5. イスラエルは、パレスチナ人の追放や強制移住、水や燃料等のアクセス剥奪、ガザにおけるパレスチナ人の生活の破壊を差し控え、また、これらを防ぐためにその権力の範囲内で関連する全ての措置を講じなけること。
  6. イスラエルは、自国の軍隊や指示、支援その他の影響を受け得る非正規の武装部隊等が、上記(4)及び(5)に掲げる行為を行わないことを確保し、また、ジェノサイドに従事した者等を、条約に従って処罰するための措置が講じられることを確保すること。
  7. イスラエルは、条約第2条の範囲内の行為の申立てに関連する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置を講じること。
  8. イスラエルは、命令の日から1週間以内に、及びその後定期的に、命令を実現するために講じられた全ての措置に関する報告書を裁判所に提出すること。
  9. イスラエルは、ICJに付託された紛争を悪化若しくは拡大させ、又は解決を一層困難にするようないかなる行動も慎み、そのような行動が取られないように確保すること。

第2条 [定義]
 この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。
(a) 集団構成員を殺すこと。
(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

第3条[処罰すべき行為]
次の行為は処罰する。
a 集団殺害(ジェノサイド)
b 集団殺害を犯すための共同謀議
c 集団殺害を犯すことの直接かつ公然の教唆
d 集団殺害の未遂
e 集団殺害の共犯

命令要旨

裁判所は、判例を踏襲し、以下の仮保全措置の3要件について審理した。

・一応の(prima facie)管轄権があること

・保護される権利のもっともらしさ(plausibility)と要請する措置の関連性(link)があること

・回復不能な損害の危険と緊急性があること

一応の管轄権

  • 裁判所は、申立国が依拠した規定が、一応(prima facie)、その管轄権の根拠となり得ると思われる場合にのみ、仮保全措置を命令することが可能。
  • 南アフリカは、ジェノサイド条約第9条に基づき管轄権を主張。南アフリカとイスラエルは、共に条約の締約国である。両国とも、条約第9条に対して留保を付していない。

第9条[紛争の解決]
この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争は、集団殺害又は第3条に列挙された他の行為のいずれかに対する国の責任に関する者も含め紛争当事国のいずれかの要求により国際司法裁判所に付託する。

「紛争」の存在
  • 条約第9条は、条約の解釈、適用または履行に関する紛争が存在することを裁判所の管轄権の条件としている。「紛争」とは、当事者間の「法律上または事実上の見解の相違、法的見解または利害の対立」である(マヴロマティス事件、PCIJ、1924年)
  • 紛争が存在するためには、「一方の当事者の主張が他方によって積極的に反対されていることが示されなければならない」(南西アフリカ事件 :エチオピア対南アフリカ、先決的抗弁、1962年)また、両当事国は「特定の」国際的義務の履行または不履行の問題について明らかに反対の見解を有していなければならない。 (領土及び海洋紛争事件:ニカラグア対コロンビア)、先決的抗弁判決、2016年)
  • 南アフリカは、紛争の存在の根拠として以下を主張した。
  1. 国連安保理及び総会を含む様々な多国間の場において、イスラエルによるガザでの行動がパレスチナ人に対するジェノサイドに相当するとの懸念を繰り返し表明。
  2. 南アフリカ国際関係・協力省は、駐南アフリカ・イスラエル大使に対して、南アフリカが「ハマスによる民間人への攻撃を非難」し、イスラエルによる攻撃について国際刑事裁判所(ICC)に付託する意向であることを伝達したことを公表。
  3. 2023年12月12日の国連総会第10回緊急特別会合において、南アフリカ国連代表は、イスラエル代表が出席する場において「ガザでの過去6週間の出来事は、イスラエルがジェノサイド条約に基づく義務に反して行動していることを物語っている」と発言。
  • 2023年12月21日、南アフリカの国際関係・協力省は、在南アフリカ・イスラエル大使館に対して口上書を発出。口上書の中で、イスラエルのガザでの行為はジェノサイドに相当し、南アフリカにはジェノサイドを防止する義務があるとの見解を繰り返した。また、イスラエル外務省がジェノサイドの非難を否定する文書を公表したことを指摘。
  • これに対して、イスラエルは、ジェノサイドの申立てに応じる合理的な機会が与えなかったため、当事者間に紛争は存在しないと主張。また、南アフリカによる非難やICCへの付託や、南アフリカに宛てたものではないイスラエル外務省が公表した文書は、見解の「積極的対立」の存在を証明するには不十分であると主張。
  • 裁判所は、提訴時に両当事者間に紛争が存在したか否かを判断するために、特に両当事者間で交わされた声明や文書 、多国間でのあらゆる交流を考慮。その際、声明や文書の作成者、意図された宛先や実際の宛先、その内容に特別な注意を払う。紛争の存在は、裁判所が客観的に判断する問題である。
  • 裁判所は、南アフリカが、多国間及び二国間の様々な場面で、ガザにおけるイスラエルの軍事作戦の性質、範囲および程度に照らして、イスラエルの行動はジェノサイド条約に基づく義務違反に相当するとの見解を表明する公式声明を発表したことに留意する。
  • 裁判所は、イスラエルがガザで行った行為が、条約に基づく義務に違反に相当するか否かについて、両当事国が明らかに正反対の見解を持っているように見える(appears)と考える。これは現段階において、条約の解釈、適用または履行に関する締約国間の紛争の存在を一応立証するのに十分であると判断する。
原告適格
  • 裁判所は、イスラエルが南アフリカの原告適格について争わなかったことに留意する。裁判所は、ジェノサイド条約適用事件(ガンビア対ミャンマー)において、条約のすべての締約国がジェノサイドの防止、抑止及び処罰を確保するという共通の利益を有すると述べたことを想起する。

  • このような共通の利益は、問題となる義務がいかなる締約国も関連条約の他のすべての締約国に対して負っていることを意味し、各締約国がいかなる場合にもその遵守について利益を有するという意味で、エルガ・オムネス・パルテス(erga omnes partes)の義務である。

  • 条約の締約国は、エルガ・オムネス・パルテスの義務を遵守しなかったとされる不履行を決定し、その不履行を終結させることを目的として、裁判所に対する手続の開始を含め、他の締約国の責任を追及することができる。したがって、南アフリカには原告適格が認められると一応結論づける。

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  • 仮保全措置を命令する裁判所の権限は、本案に関する決定がなされるまでの間、事件の当事者が主張するそれぞれの権利を保全することにある。裁判所は、そのような措置を要求する当事者が主張する権利が少なくとももっともらしい(at least plausible)場合にのみ、この権限を行使することが可能(ジェノサイド条約上のジェノサイドの申立て事件:ウクライナ対ロシア)。
  • 訴訟の現段階では、南アフリカが保護を求める権利が存在するかどうかを確定的に判断することは求められていない。裁判所は、南アフリカが主張し、その保護を求める権利がもっともらしいものであるかどうかを判断する。
  • さらに、保護を求める権利と要求される仮保全措置との間には関連性(link)が存在しなければならない(ウクライナ対ロシア)。

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保護される権利のもっともらしさ
  • 南アフリカは、イスラエルの条約上の義務の遵守を求める自国の権利と同様に、ガザのパレスチナ人の権利も保護しようとしていると主張。

  • 南アフリカは、ガザ地区のパレスチナ人は集団の一員であり、条約によって保護されていると主張。また、ジェノサイドの意図は、イスラエルの軍事攻撃の方法、ガザにおけるイスラエルの明確な行動パターン、軍事作戦に関連するイスラエル当局者の発言から明らかであると主張し、ハマス殲滅の意図を表明したとしても、パレスチナ人に対するジェノサイドの意図を排除するものではないと強調。
  • 裁判所は、行為が条約第2条の適用範囲に該当するためには、特定の集団の少なくとも相当部分を破壊する意図がなければならず、また、標的とされる部分は、集団全体に影響を及ぼすのに十分重要でなければならないことを想起(ジェノサイド条約適用事件:ボスニア・ヘルツェゴビナ対セルビア・モンテネグロ)。
  • パレスチナ人は明確な「民族的、民族的、人種的、宗教的集団」を構成しており、条約第2条によって保護されるべき集団である。また、ガザ地区のパレスチナ人は200万人以上であり、被保護集団の相当部分を形成している。
  • イスラエルによる軍事作戦が、多数の死傷者、家屋の大規模な破壊、住民の大半の強制移住、民間インフラの甚大な被害をもたらしていることに留意する。OCHAやWHO、UNRWA、国連の特別報告者等の報告に基けば、南アフリカが主張し、その保護を求める権利の少なくとも一部はもっともであると結論づけるのに十分である。

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  • 裁判所は、南アフリカが求める仮保全措置の少なくとも一部は、その性質上、本件において南アフリカが条約に基づき主張するもっともな権利、すなわち、ガザのパレスチナ人がジェノサイド行為から保護される権利と、南アフリカがイスラエルに同条約に基づく義務の遵守を求める権利の保全を目的とするものであると考える。
  • したがって、裁判所がもっともらしいと認めた南アフリカの主張する権利と、要求された仮保全措置の少なくとも一部との間には関連性が存在する。 

 回復不能な損害の危険と緊急性

  • 裁判所は、権利に回復し難い不利益が生じ得る又は回復し難い結果をもたらす場合に、仮保全措置を命令する権限を有する。また、裁判所が最終決定を下す前に、請求された権利に回復不能な不利益が生じる現実的かつ差し迫った危険があるという意味で緊急性がある場合にのみその権限は行使される

  • 南アフリカは、人命やその他の基本的権利に深刻な危険が生じる場合、回復不能な不利益という基準は満たされると繰り返し判断されてきたこと緊急性や証拠保全の必要性を主張した。これに対し、イスラエルは、ガザ地区における人道的活動に言及し、回復不能な不利益を被る現実的かつ差し迫った危険の存在を否定した

  • 裁判所は、1946年12月11日の総会決議96が、ジェノサイドは人間集団全体の生存権の否定であり、道徳法および国際連合の精神と目的に反すると強調したことを想起。また、条約が、人道的かつ文明的(civilizing)な目的のために採択されたことは明白であり、その目的は、一方では特定の人間集団の存在そのものを保護することであり、他方では道徳(moraity)の最も基本的な原則を確認することである(ジェノサイド条約に対する留保事件、勧告的意見)。

  • 条約により保護される基本的価値に鑑み、裁判所は、本訴訟で問題とされているもっともらしい権利は、回復しがたい損害をもたらすような性質のものであると考える。また、裁判所は、ガザ地区における壊滅的な人道的状況は、裁判所が最終判決を下すまでにさらに悪化する深刻な危険があると考える。

  • また、イスラエルによる人道状況を緩和するための措置は、奨励されるべきものではあるが、裁判所が本件の最終決定を下す前に、取り返しのつかない不利益が生じる危険性を取り除くには不十分である。

仮保全措置命令

(1) イスラエルは、ジェノサイド条約に基づく義務に従い、ガザのパレスチナ人との関係において、条約の第2条の範囲内のすべての行為の実行を防止するため、特に、その権限内にあるすべての措置をとるものとする(15票対2票)。

  1. 集団の構成員を殺害すること
  2. 集団構成員の身体又は精神に重大な危害を与えること
  3. 集団に、その全部又は一部の身体的破壊をもたらすように企図された生活条件を故意に与えること
  4. 集団内での出産を防止することを意図した措置を課すこと

(2)イスラエルは、軍隊が上記1のいかなる行為も行わないことを直ちに確保しなければならない(15票対2票)。

(3)イスラエルは、ガザ地区のパレスチナ人集団の構成員に関し、ジェノサイドを行うよう直接的かつ公然と扇動する行為を防止し、処罰するために、その権力の及ぶ範囲内であらゆる措置を講じなければならない(16票対1票)。

(4)イスラエルは、ガザ地区のパレスチナ人が直面する不利な生活状況に対処するため、緊急に必要とされる基本的サービスと人道支援の提供を可能にする、即時かつ効果的な措置をとらなければならない(16票対1票)。

(5)イスラエルは、ガザ地区のパレスチナ人集団の構成員に対するジェノサイド条約第2条及び第3条の範囲内の行為の申し立てに関連する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置を講じなければならない(15票対2票)

(6)イスラエルは、命令の日付から1カ月以内に、この命令を発効させるためにとられたすべての措置について、裁判所に報告書を提出しなければならない(15票対2票)。

意義及び論点

  • 本件はこれまでの先例(特にウクライナ対ロシア事件)を踏襲したものであり、特段目新しい論点は見られなかった。
  • ICJは、ガンビア対ミャンマー事件で確立されたとおり、条約の締約国の共通利益を保護するためのエルガ・オムネス・パルテスの義務の履行確保を根拠として南アフリカの原告適格を認めた。同法理についてはこれまで一貫して反対していた中国の裁判官も本決定においては支持するに至った。
  • ICJは、ウクライナ対ロシア事件の仮保全措置命令とは異なり、全ての軍事作戦の停止までは命じることはなかった。これは自衛権行使の論点はあるものの、ハマスとの戦闘までもを否定するものではないためと考えられる。
  • ICJが何ら仮保全措置命令を発出しないことはICJの存在意義に関わる問題と捉えられていた。実際には、ほとんどの措置において17人中15人の裁判官が賛成票を投じ、イスラエルに対する力強い政治的メッセージとなった。ウガンダの裁判官のみが全ての措置に反対票に回った。米国の裁判官は全ての措置について賛成した。

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裏切りの報酬【旅エッセイ/アルバニア】

 

「ここで次のバスに乗り換えればいい」首都ティラナから石の街ジロカストラへと向かう途中、交差点のど真ん中で降ろされる。交差点といっても、未舗装の道が文字通り交差しているだけで、バス停のようなものも見当たらない。何の標識もない。誰かに道を聞こうにも言葉がわからないし、ここまで来れば、グーグルマップだって役に立たない。灼熱の太陽と、渇いた大地と、名もなき交差点。

 

途方に暮れていると、どこからか男が現れる。俺も同じ方向だから一緒に行こうと、男は言う。というかそう言った気がする。よく考えてみると、来た道と違うもう一方の道を行くはずだから、いずれにせよ確率は二分の一ということになる。自分の運に賭けるしかない。そういえば、昔、インドでも置き去りにされたことあった。その時も、一体どこに向かっているのか分からないミニバスに乗せ込まれることになったけれど、結果的には上手くいった。

 

日陰でじっと来るかも分からないバスを待っていると、そこに何人か人だかりができる。やっぱりここで間違い無いのかもしれない。気がつけば男は隣にいた婦人と口論を始めている。あるいはアルバニア人というのはもともとそういう激しい話し方をする気性なのかもしれない。でももちろん僕には何を話しているのかが理解できない。

時折、目の前をミニバスのような趣のバンが通りかかる。その度に男はドライバーに話しかける。おそらく行先を聞いてくれているのだろう。頼もしいものだ。旅先で迷った時は、道連れを見つけるのがいい。それがローカルだと尚更いい。

今度は目の前を通り過ぎたはずの車が止まって、途中まで乗っていくかと声をかけてくる。もちろんそれは親切心からではない。男は運転手と値段を交渉して、これならいけるか、と僕に金額を提示してくれる。僕はなかなか首を縦に振らない。交渉決裂。こんな状況でも僕には譲れないラインがある。

更に何台かミニバスが通り過ぎる。その度に周りの何人かが乗り込み、気がつけば僕はまた男と二人だけになっている。僕はそれでも平静としている。何とかなるような気がしている。何とかなるに違いないと思う。苦難を共にすると特別な親近感が湧いてくる。もう旅の相棒と言ってもいいかもしれない。

男はとうとう諦めがついたのか、今度は親指を立てて通りがかりの車が止まるのを待っている。どうもヒッチハイクをしようとしているらしい。そう簡単にはいくはずがない。そう考えていた矢先、通り過ぎたはずのトラックが一台静かに止まる。男は駆け込むように近づいていくと、ドライバーと言葉を交わし、ひょいっと助手席に乗り込む。トラックはまた砂埃を上げて遠ざかっていく。

僕はこの一瞬の出来事を目の当たりしにて、何が起きているのかしばらく理解できないでいる。それから、ようやく自分が一人取り残されたことを知る。不思議とそこにはあるべき怒りも動揺もなく、僕は、男の何とも軽やかな立ち居振る舞いにただ感心してしまっている。きっと、生きていくとはこういうことなのだ。どんな時も、強かに。

こうして僕はまた一つ生きていく知恵を身につける。

旅はまた僕を逞しくする。

 

強盗に遭った後の数時間のうちに起きたことについて【旅エッセイ/パナマ】

 

 

ようやく宿に戻ると、見慣れない日本人の女の子が二人、パティオの席に座って談笑していた。足元には大きな荷物置かれていた。昨日は見かけなかったから、ついさっき到着して一息というところなのだろう。

僕は軽く会釈して、彼女たちの前を横切った。オラ、と廊下の側に座った女の子はスペイン語で言った。彼女は、剥きたてのゆで卵みたいなつるりとした色白の肌をしていた。

僕はフロントに行って宿のスタッフに一通り事情を説明した。

通りを歩いていたら白昼堂々二人の男に羽交締めにされ、身ぐるみを剥がされ無一文になったこと、パスポートを再発行するための写真を撮るために親切な警察と一緒に街中を駆け回ったこと、片言の老弁護士に刑事事件として調書を取られたこと、これから日本の大使館員がここにやって来ること。

「結構大変だったのね」スタッフとのやりとりを横目で見ていた色白の女の子は言う。それから、あははと声を立てて笑う。「結構大変だったんだ」と僕は言う。

目の前に突きつけられた小ナイフの刃の照り返しがぎらぎらと揺らめく。その残影は否応なく誇張され、一時停止した映画のワンシーンみたいに、画面上に止まり続けている。たぶん、永遠に。

「日本のクレジットカード会社にも電話しないといけないし。アメリカのはネットでも止められたけど」と僕は呟くように言った。
「よかったら私の無料通話残ってるから使う?もう明日帰るからどうせ使いきれないのよ。繰越でかなり残量があると思う」と彼女は言った。

グラシアス、と僕は素直に礼を言った。そういえば昔も旅先のマドリードで同じようなことがあって、スペイン語を話す日本人に助けられたことがあった。彼女はパナマ生まれだった。どこかで重ねて見ている自分がいる。

その女の子は1年間のパナマでの交換留学を終えたところで、ちょうどこれから日本に帰るということだった(二人組だったのだけれど、不思議ともう一人の方は全く思い出せない)。経験上、女性バックパッカーについては自分の中で確立したイメージがあるけれど、彼女は(飛び抜けて明るく社交的だという点を除けば)そのどれにも当てはまらなかった。

「幸せとは何かについてレポートを書いてるの。日本に帰ったら学校に提出しないといけないから」と彼女は言った。幸せについては僕にもそれなりに強固な持論があったけれど、彼女はまさに口を開くと止まらないという感じで彼女自身の幸福論を延々と語り続けていたので、僕は隣の席に座って大人しく耳を傾けていた。

留学中ということだから僕はてっきり大学生だとばかり思っていたけれど、彼女はまだ若干17歳の高校生だった。思えばどこかあどけなさが残る。天真爛漫で何も怖いものなんて何もないのだ。眩しいくらいの自信に溢れていて、強気で、強情で、臆病になることを知らない。そういえば自分もそんな時があったなとどこか遠い目で彼女を見つめていた。

僕は無意識に歳をとることについて考えている。僕が一年分、折り返しの坂道を下り始めたところで、彼女たちはすれ違うように登っていくのだ。誰にもそれを止めることはできない。今の自分ならその事実をそっくりそのまま受け入れられるような気がする。棘を抜かれたサボテンのように、無関心に蝕まれながら。

「俺はなんでこんな年下の女の子と話しているんだろう、っていうのが顔に出てるわよ」と彼女は言った。悪戯な笑みに無邪気さが見え隠れする。よく考えてみれば、彼女は僕がこれまで旅先で出会ったどの旅行者よりも若かった。昔、大学生の時に家庭教師みたいなことをしていたから、別に高校生と話すのはなんともないけれど、こうして一度社会人となった身としてはどことなくぎこちない不思議な感じがした。

「おかげで助かったよ」と僕は言う。「うまくいくといいわね」と彼女は言う。

そうして彼女は颯爽と宿を出て行った。連絡先を聞いておけばよかったかな、と僕は思った。いつかこのお礼がしたいんだ、とか適当なことを言って。きっと断られることはないだろう。でも、何かが僕を引き留めた。

残された僕は一人、自分の置かれた状況について考えざるを得なかった。つい数時間前に強盗に遭ったことなんてすっかり忘れていたのだ。突きつけられた小ナイフの残像は彼女のつるりとした白い肌の幻影にすっかり置き換わっている。僕は、これからも生きていかないといけない。生きて、歳をとって、それから死んでいくのだ。それまで、生きていくのだ。

香港、一人旅、夏【旅フォト・ポートフォリオ】

 

2023年夏。

久々に一人旅に出た。

行き先は、14年前に家族で行った、香港。

 

張り出した漢字の看板がなんだか物珍しくて見上げるたびに写真を撮ってしまう。

 

どことなく懐かしくてノスタルジックなフィルム調の写真によく合う街並み。

東京に負けず劣らず蒸し暑くて、時々、短く激しい雨が通り過ぎていった。

 

 

 

 

なぜ香港なのかと聞かれると(既に何度も聞かれているけれど)やっぱり答えに窮してしまう。とりあえずアジアに行きたかったとか、近場で予算的にも余裕のありそうなところとか、古い友人に会うとか、いくつかそれっぽい回答はあるのだけれど、まあつまらない。それなら理由なんてない方がマシだ。

 

 

袋に入った金魚はいかにも涼しげだけれど、鳥籠の中の鳥と同じなのかもしれない。

 

もうホステルには泊まらないと思っていたけれど、どういう因果か結局色々あって泊まることになる。すれ違う人生。そうやって僕らは出会ったり、出会わなかったりして、時を過ごしてきたのだ。僕はそこにかつての自分の幻影を見る。

 

香港名物の二階建てのトラムが古い市場を走り抜けていく。


ごった返す雑踏とかクラクション鳴り響く喧騒とか、そこまでのものはこの街にはもうないけれど。香港のシンボルとも言えるネオンサインだってもうその殆どが撤去されてしまった。

 

 

 

 

香港で、どうしても行きたいと思っていた場所があった。ソーシャルメディアで見かけた古い集合住宅だ。調べてみるとモンスター・ビルディングと呼ばれているらしい。地下鉄やトラムを乗り継いで向かう。実はもう結構観光地になっていて、ちらほらカメラを持った人の姿が見える。

 

 

その敷地に立ち入った瞬間、僕はハッと息を飲む。それは決して廃墟なんかじゃなくて、圧倒的なまでの剥き出しの生そのものだった。それ自体が意思を持った集合体のように、僕を見下ろしている。

 

 

 

毎朝その日の気分でやりたいことをしたり、しなかったりするというのは、とても自然なことだと思うけれど、もちろん僕らの日常はそうはなってはいない。実際、この非日常的感覚が日常になってしまったら、どういう心情になるのかいまいち想像ができない。直ぐに飽きてしまうかもしれないし、心地よく思っているかもしれない。そんなのなってしまわないと分からない。

ただ、そんな日々が何となく名残惜しいような、言葉にならない感情だけが心に残る。

 

西貢の船着場にて。ふと見落としそうな、そこにある色。

 

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