Dancing in the Rain

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Life is not about waiting for the storm to pass but about learning how to dance in the Rain.

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バックパッカーのためのタクシー交渉術

バックパッカー時代、旅先では基本的にタクシーは避けるようにしていたのだけれど、たまにどうしてもタクシーを利用せざるを得ないような時があった。それも、よりにもよってカンボジアとかインドとかの途上国で、絶対に流しのタクシーなんかに乗りたくないような場所で。とはいえ、ほとんどの場合、そもそも公共交通機関がないとか、あっても早朝深夜で時間的に動いていないという状況だったので、今回ばかりは仕方がないと割り切るほかなかった。

途上国でのタクシー値段交渉というのは、思いのほかストレスフルだし、相当疲弊するけれど、こちらもいっぱしのバックパッカーということで、どうせならちゃんと納得した上で乗車したいと思う。そのためのポイントをいくつか、自分の経験を元に、備忘録的に書いておくことにする。とはいっても、普通に旅行していたら、これから書くような場面には遭遇しないはずなので、対象となる読者は相当限定されてしまうだろうけれど、どこかの誰かの役には立つかもしれない。

目的地へ向かう中継地でバスとか電車を降りたら、待ち構えていたかのような(実際待ち構えていたのだろうけれど)薄汚いタクシー・ドライバーたちが旅行者をワッと取り囲む。あの独特の雰囲気というのは、経験しないとなかなか想像がつかないものだけれど、例えて言うなれば、それは血に飢えたピラニアの溢れるアマゾン川に丸腰で放り込まれたようなものである。あるいは、日本庭園の錦鯉でもいい。どっちも結構怖い。まあ、向こうも生活がかかっているから必死である。だからこそ値段交渉は真剣勝負なのだ。ここで怖じ気づいてはいけない。

旅行者に群がるドライバーたちは、狡猾な猛禽類みたいな獲物を狙う目で「タクシー?」と聞いてくる(ちなみにタクシーは国際共通語だ)。いつもなら見向きもせずに通り過ぎ去るところだけれど、今回はそうもいかない。ちゃんと向き合わなければならない。相手もそれが分かっているから足元を見られないように気をつけないといけない。

そこでまず重要なのは、相場を知ること。正規の料金で大体どれくらいなのか把握しておかなければ、落としどころが分からずまともな交渉はできない。それに、タクシーの相場というのは国によってかなり違っている。ガイドブックに乗っているような都市部だったら良いけれど、そうでなければ生の情報をとってくる必要がある。

でも、これは実はなかなか難しくて、ローカルの友達とかがいればいいのだけれど、まあ大抵そんなことはないので、ホステルのフロントとか他のバックパッカーから聞き出す。もちろん、これはケース・バイ・ケースなので、参考程度に思っておいたほうがいいけれど。

次に、事前に相場観を得たら、だいたいその辺に持っていけるようにこちらの額を提示する。この時、安易にいくら(how much?)なんて聞いてはいけない。これならいけると思った額をまずは自分からオファーして、相手を引き付けなければならない(後から学んだことだけれど、これは交渉学でいうところのアンカーリングというやつだそうだ)。自分のホームにしてしまうということ。

このファースト・オファーの打ち出し方によってその後の流れが変わってくる。あまりに突拍子もない数字だとそもそも相手にもされないかもしれない。やりとりする中で相手も降りることができて、かつ、自分も納得できるような絶妙な数字を慎重に検討する必要がある。

交渉の最大のポイントは、複数のドライバーに競わせることだ。一人と交渉し始めたら、どこからともなく別のドライバーがやってくる。ある程度の人数が集まったら、相手の言い値を聞いていく。集まりが悪い時には、自分のオファーをわざと周りに聞こえるように大きな声で言ってみたり、交渉決裂といった体でもう乗らないという素振りを見せたりしていると(ここら辺は個人技となる)、うまくいけば、ドライバーたちが互いにバチバチ争い始める。競りみたいに下がるとこまで下がったらそこで終了。時には妥協も大切。需要と供給。均衡点を目指す。

あとは、値切った後の金額をきちんと手持ちで用意しておくことだ。例えば、相手が3000と言ってきたときに、こちらが2000と言う。それでへろへろになって交渉した結果、2500に落ち着く。額としては納得したとしても500なんて端数は持ってない。そうすると、降車するときになって、3000出したとしても、向こうもお釣りがない、ならこれで、ということで相手の言うままになりかねない。要は、そこまで想定して値切らなければならない。アダム・スミスの誤算。

と、ここまで読んできて、そもそも、途上国まで行ってそんなしみったれたことを、とあなたは言うかもしれない。タクシー代くらいちゃんと払ってやればいいんじゃないかと。でもバックパッカーというのは、一円でも安く物が買えたり、宿に泊まれたりすることを勲章か何かのように思っているような生き物なのだ。いかにお金をかけずに長い間サバイブするかということに価値を見出す人種なのだ。

だから、まあそんな世界もあるんだと割り切って考えてほしい。つまるところ、彼らには彼らの美学があるし、流儀があるということなんだと思う。とはいえ、もう今となっては僕もあんなふうにタクシーを捕まえることなんてないんだろうけれど。つまり大人になるというのはそういうことなのだ。たぶん。