Dancing in the Rain

Dancing in the Rain

Life is not about waiting for the storm to pass but about learning how to dance in the Rain.

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青い街への長い道のり【旅エッセイ/モロッコ】

イベリア半島からジブラルタル海峡を渡ってモロッコへと抜ける。当初の予定なら、もうとっくに次の目的地であるシャウエンに到着しているはずだった。

どれくらいバスは山中で立ち往生しているのだろう。随分と小雨にはなったけれど、濁流がどこからともなく泥のような土砂をかき集めては運んでくる。とめどなく、延々と。そのせいで往路も復路も道は寸断されている。見上げた空は鈍よりと垂れた不吉な雲にすっぽりと覆い隠されている。つい少し前までは、晴天までとは言わないまでも、青空を覗かせていたのに。

もちろん足止めを食らっているのは僕だけではなかった。外に出て前後を見渡すと少なくとも50メートルくらいは車やバスが滞留している。それは何だか浜に打ち上げられた使い道のない魚みたいにも見えた。車内にいてもしかたがないからか、みんな外に出て何かを話し合っている。とはいえ、結局なす術もなくただただ様子をみているといった感じのようだ。特段、パニックに陥っているようにも見えなかった。みんな慣れているのかもしれない。僕も気分転換に少し外の空気を吸ってみたけれど、何の気休めにはならなかった。

バスの中には、地元のモロカン(モロッコ人のことだ)のほかに、欧米人旅行客の若者がいた。ちょうど僕の隣の席に座っていて、全部で5人くらいだったと思う。彼らはこの緊急事態にも動じることもなく、むしろこの状況を楽しむかのようにカードゲームを飽きることなく続けている。こうなりたいものだな、と内心僕は思う。そうかと思うと、今度は雨乞いの逆(要は雨を止めたいらしい)をお祈りするのだと言って、男が一人で軽快に踊り始めた。馬鹿げている。でも、その馬鹿馬鹿しさに何だか少し気が楽になった。

「選択肢は3つあるわ」とピンク色の髪をした女の子はいう。「一つは、このまま待ち続ける。もう1つは、ヒッチハイクする。それから、歩いて隣の村まで歩いていく。ねえ、あなたはどうする?」僕は答えられずにいる。気がつくとさっきまでそこにあった彼らの姿は消えている。

誰かに連絡を取ろうにも、山中なので電波はない。だんだんと夜が忍び寄ってくる。身震いする寒さ。空腹の身に堪える。初めての、アフリカ大陸の洗礼。

僕はこのまま夜が更けて空腹のまま冷たくなっていく自分の姿を想像する。嫌にリアルだ。たしかに色々と無茶はしてきたけれど、こんなところで終わるなんてな。こんなんだったら、ピンクの髪の女の子についていけばよかったんだ。

いつからそこにいたのか、スター・ウォーズのシスの暗黒卿のような格好をした老人が、うずくまった僕の横に立っている。老人は、手に持った薄汚れた布袋からもぞもぞと何か取り出し、僕の方に差し出す。食べてみろと、老人は言っているように聞こえる。僕は、恐る恐るその得体の知れない物体を手に取り、口元へと運び、少し齧ってみる。とんでもなく甘い。それと同時に、空腹が満たされていくのがはっきりと分かる。干しいちじくだった。ありがたいことに僕はまだ見放されたわけではなかったみたいだった。

ぱちぱちと窓を叩く雨の音で目が覚める。少しホッとしたからか浅い眠りについてしまったようだった。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる。窓の細かな水滴を手で拭って外を覗き込む。そこにはあの何時間も変わらなかった景色は違って見える。バスは動いていたのだ。僕は細やかな興奮に包まれる。

すっかり夜は更けてしまったけれど、青の街はもう目の前だった。ずいぶん時間がかかってしまった。長い夢だったと思えばいいのかも知れない。あるいは、あのピンクの髪の女の子も、干しいちじくの老人も、その長い夢の一部だったんじゃないか。そう言われても何の不思議はないような気がした。

モロッコの旅がいま、ようやく始まろうとしていた。