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【国際法判例】核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件のICJ判決についてまとめています。

【事件名】核軍備競争の停止及び核軍縮交渉に関する義務事件

【当事国】マーシャル諸島 v. パキスタン、インド、英国 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)管轄権判決:2016年10月5日

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事実と経過

  • 2014年4月25日、マーシャル諸島共和国国際司法裁判所(ICJ)に、核兵器保有国9カ国(中国、北朝鮮、米国、フランス、英国、ロシア、イスラエル、インド、パキスタン)に対し、核軍備競争の停止及び核軍縮交渉義務を果たしていないとして提訴。
  • マーシャル諸島は、インド、パキスタン、英国に対する管轄権の基礎として、ICJ規程36条2項の強制管轄受諾宣言を主張した。(マーシャル諸島:2013年4月24日、インド:1974年9月18日、パキスタン:1960年9月13日、英国:2004年7月5日にそれぞれ宣言)
  • 他6カ国については、管轄受諾宣言を出していないため、管轄権受諾の同意が必要となる(応訴管轄:38条8項)
  • マーシャル諸島は、核兵器不拡散条約(Nuclear, Non-Proliferation Treaty, or NPT)締約国である英国に対して、NPT第6条及び慣習法上の義務違反を主張。交渉開始を求める国連総会決議に反対していること、核軍備競争の停止に対して消極的かつ妨害的な行動を取ってきたこと、核兵器に依存する意思を繰り返し表明していること等を追及。

核兵器不拡散条約(NPT)第6条

各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。

  • NPT未締約のインド・パキスタンついては、「NPT第6条の義務は、単なる条約上の義務ではなく、国際慣習法上も別個に存在」し全ての国家に適用されるとし、インドとパキスタンはこの国際慣習法の義務に違反していると主張した。
  • インド・パキスタン・英国を除く被提訴国は、管轄権に同意することなく裁判所の管轄権は認められなかったが、同3国は裁判所の管轄権及び受理可能性に対して複数の抗弁を提出した。

判決要旨

裁判所は、当事国間に紛争の存在が認められないとして管轄権を否定し、本案審理に進むことができない旨の判決をした。(3件の個別の判決であるが、全てほぼ同内容)

提訴時に当事国間に紛争が存在していなかったとする抗弁
  • 当事国間に紛争が存在することは、裁判所の管轄権を認める条件の一つである紛争が存在するためには、両者の間に、特定の国際的義務の履行あるいは不履行の問題について明らかな意見対立がなければならない。
  • 紛争は、相手国が、提訴国と明らかに意見対立があると認識していた、あるいは認識自覚していなかったはずがなかったと証明された時にその存在が認められる。
  • 紛争の存在は、提訴時の原則に基づいて認めらなければならない。
紛争の存在の根拠
  • マーシャル諸島は多数国間のフォーラムでの2つのステートメントが紛争の存在を証明するとする。
  • 第1のステートメントは、2013年9月26日の「核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合」において、マーシャル外相が行なったものである。
  • 第2のステートメントは、2014年2月13日の「第2回核兵器の人道的影響に関する会議(ナジャリット会議)」において、マーシャル諸島の代表が行なったものである。
  • 第1のステートメントは、勧告的に(hortatory terms )述べたものであり、相手国(インド・パキスタン・英国、以下同じ)が何らかの法的義務違反を主張するものとは理解されない。
  • 第2のステートメントは、核軍縮の考え方についての交渉の問題ではなく、核兵器の人道的影響についての広範な問題を扱うもの会議で行われたものであった。 (また同会議に英国は出席していなかった)さらに、同ステートメントは、全核兵器国の行動に対する 一般的な批判であり、特定の国の行動が義務に違反していると主張するものではなかった。またこのステートメントに対して相手国の反応はなかった。
  • したがって、これら2つのステートメントを個別にまたは同時に考慮して、相手国が、マーシャル諸島が相手国の義務違反を主張していたと認識していたということはできず、当事国間に法的紛争が存在していたということはできない。
提訴時または手続進行中の紛争の存在
  • マーシャル諸島が提訴したこと及び訴訟手続進行中の当事国の立場(position)が紛争の存在を示すと主張。
  • 提訴時及びそれに続いてなされた宣言や主張は様々な目的、特に紛争の範囲を明確化する目的に資するが、もともと存在していなかった紛争を新たに(de novo) 紛争を創出することはできない
  • また、マーシャル諸島は、英国の核軍縮の多数国間のフォーラムでの投票行動の記録が紛争を成立させると主張する。
  • 裁判所の見解では、国連総会のような政治的機関における決議の投票から紛争の存在を推論する慎重でなければならない。多数の主張を含む決議に対する国家の投票が、それ自体によってある一つの主張に関して他の国家との間で紛争が存在を構成するということはできない
紛争の存在の推論
  • マーシャル諸島は、相手国の行動から紛争の存在が推論(infer) されると主張。
  • 多数国間のフォーラムでなされたどちらのマーシャル諸島ステートメントも、相手国の行動に関して特定していない。このことから、相手国の行動が当事国間の意見対立を示すということはできず、当事国間の紛争を発見する基礎を提供しない。

結論 

裁判所は、当事国間の紛争の不存在に基づく管轄権に対する抗弁を認める。

 (対パキスタン・インド:9対7、対英国:賛否同数のキャスティング・ボート)

裁判所は、管轄権が欠如していることから、本案に進むことができない。

 (対パキスタン・インド:10対6、対英国:9対7)

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【国際法判例】コルフ海峡事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ICJ判決のコルフ海峡事件についてまとめています。

【事件名】コルフ海峡事件(The Corfu Channel Case)

【当事国】英国 v. アルバニア 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)

管轄権判決:1948年3月25日

本案判決 :1949年4月9日

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キーワード:#応訴管轄、#領域使用の管理責任、#国際海峡と無害通航

事実と経過

  • 1946年5月15日、北コルフ海峡を通行中の英国巡洋艦がアルバニアの沿岸砲台から砲撃を受ける事件が発生。アルバニアは英国が求める謝罪を拒否した。同海峡はアルバニア本土とコルフ島に挟まれ、アルバニアの領海を構成していた。
  • 英国は、軍艦についても沿岸国の同意なしに通航できるとの立場を表明したのに対し、アルバニアは、事前の許可が必要であると主張した。
  • 同年10月22日、英国艦隊は、軍艦の無害通航権(right of inocent passage)についてアルバニアの反応を試すことを明示的に表明しつつ、コルフ海峡を通過。この際、一駆逐艦が触雷、大破しこれを救助した別の駆逐艦も触雷して被害を受けたほか、多数の乗組員が死傷した。
  • この事件の直後、英国は、同海峡の機雷を掃海する意図を通告。アルバニアは、領海外でない限りこれを認めないとしたが、英国艦隊は11月に一方的な掃海活動を実施した。
  • 英国は、安保理にこの紛争を付託(国連非加盟国のアルバニアは投票権なしでの招請を受諾。)。1947年4月9日、安保理は、両国政府に対し国際司法裁判所(ICJ)規程に従い本紛争を直ちに同裁判所に付託するように勧告する決議(安保理決議22)を採択した。
  • これを受けて、英国はICJに対しICJ規程36条1項を根拠に一方的に事件を付託。これに対し、アルバニアは受理許容性を争う先決的抗弁を提出した。
  • ICJは、1948年3月25日の判決でこの先決的抗弁を却下。この直後、両国は付託合意(compromis)をICJに通告し、下記2点の問題について判断を求めた。
  1. アルバニアは1946年10月22日に同国の領海で生じた爆発とそれによる傷害につき、国際法上責任を有し、英国に対して賠償を支払う義務があるか。
  2. 英国はアルバニア領海における軍事行動によって、アルバニアの主権を侵害したことでアルバニアに満足を与える何らかの義務を負うか。 

判決要旨

管轄権判決

  • 裁判所への提訴には当事国の合意が必要。安保理は裁判所への付託を強制することはできない。
  • 他方、アルバニアは、英国の一方的付託に対し、英国の提訴が不正規なものであると抗議しつつも、裁判所に出廷する用意がある旨を書簡で述べている。(1947年7月2日)
  • これは、一方的提訴は強制管轄権が存在する場合にのみ可能で、それ以外の場合は付託合意によってのみ提起しうるという前提に立っている。
  • しかしながら、規程も規則も裁判所に管轄権を付与する当事者の同意が特定の形式で表明されることを求めていない。アルバニアの同書簡は、本件における裁判所の管轄権の自発的な受諾の表明するものである。(一方的付託に対する後の合意の存在)
  • よって、アルバニアの先決的抗弁を却下する。(15対1)

本案判決

(1)アルバニアの国家責任
  • アルバニアには、航行一般の利益のため領海における機雷原の存在を通知し、接近しつつある英国軍艦に対し差し迫った危険を警告する義務が存在した。
  • この義務は、人道の基本的考慮(elementary consideration of humanity)、海洋交通自由の原則、他国の権利を侵害する行為のために自国の領域を使用させてはならないというすべての国の義務に基礎をおく。
  • アルバニアは、危険海域付近の船舶に対して警告を発する時間的余裕を有したにもかかわらず、実際には事故を防止すべく何も行わなかったのであり、この重大な不作為は国家責任を引き起こす。
(2)英国の国家責任

英国艦隊がコルフ海峡を航行することはアルバニアの主権を侵害を構成するか。

  • 公海の2つの部分を結ぶ国際航行(international navigation)に供される海峡においては、沿岸国の事前の許可を受けることなく、通航が無害であることを条件に航行する権利を有し、沿岸国はその航行を禁止する権利を有さない。
  • 地理的条件と国際航行に使用されているという事実から、コルフ海峡は平時において沿岸国が通航を禁止し得ない国際航路に属すると判断する。したがって、アルバニアは海峡通航を規制することは正当化されても、通航を禁止または許可を要求することは正当化されない。
  • また、通過の態様が無害であるかが問題となるのであり、その動機については重要ではない。
  • よって、英国が事前の許可なく軍艦を通航させたことはアルバニアの主権侵害を構成しない

英国のアルバニア領海における掃海活動はアルバニアの主権の侵害を構成するか。

  • 英国は、干渉理論の特別の適用及び証拠収集のための自己保存または自助の方法であるとしてアルバニアの主権の侵害を否定した。
  • しかし、領域主権の尊重は国際関係の不可欠の基礎(essential foundation of international relations)をなし、国際法の尊重を確保するために英国海軍の行動はアルバニアの主権を侵害するものだったと宣言しなければならない。
  • よって、英国海軍がアルバニアの領海で掃海活動を行なったことはアルバニアの主権侵害を構成し、この裁判所の宣言が適切な満足(satisfaction)を構成する。

 意義及び論点

  • 安保理による勧告は、ICJへの付託について言及することがでいるが、これは強制管轄権を構成するものではなく、当事国の合意が必要。本件の先決的抗弁判決は、応訴管轄を確立した判例として著名(ただし、実際の手続は付託合意によって行われている。)。
  • パルマス島判決が一般的に認めた領域使用の管理責任を具体化。厳格責任を否定し、注意義務違反に基づく不法行為法の一般理論を採用。同原則は、国家責任法及び国際環境法分野において大きな影響。ex.ストックホルム宣言やリオ宣言
  • 人道的考慮はニカラグア事件や核兵器の使用の合法性事件でも援用され、国際人道法の発展に影響を与えた。
  • 国際海峡の基準(公海の2つの部分を結ぶという地理的条件と国際航行に使用されるという事実)及び国際海峡での無害通航停止の禁止など海洋法の発展にも大きな影響を与えた。
  • 英国艦隊の航行が無害であったかについて、英国は軍事機密を理由に情報の開示を拒否したため、裁判所が関連する全ての証拠を考慮したかどうかについては疑問がある。
  • 自衛権について、国連憲章下において初めて扱った事例であり、干渉理論の特別の適用や自助(self-help)による正当化を厳しく退けたことは、ニカラグア事件でも援用され、武力行使禁止原則と不干渉原則(principle of non-intervention)の発展に影響。

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【国際法判例】中国人慰安婦損害賠償請求事件(西松建設事件:最高裁判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、中国人慰安婦損害賠償請求事件(西松建設事件)の最高裁第一小法廷判決についてまとめています。

【事件名】中国人慰安婦損害賠償請求事件(西松建設事件) 

【判決日】最高裁第一小法廷判決:2007年4月27日

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事実と経過

  • 中華人民共和国の国民である被告2人は、第二次世界大戦当時、中国において日本軍により監禁・強姦を受けたことにより、著しい身体的・精神的苦痛を被ったと主張。日本国に対して、民法715条1項、当時の中華民国民法上の使用者責任等に基づき、損害賠償及び謝罪広告の掲載を請求
  • 被告(日本国)は、国家無答責の法理が妥当し、かつ、民法724条後段の除斥期間が経過していると主張。その上で、本訴請求にかかわる請求権は、戦後処理の過程における条約等による請求権放棄の結果、日本国がこれに応じるべき法律上の義務が消滅していると主張。

 控訴審判決(東京高裁平成17年3月18日)は、次のとおり判示。

  •  中華民国法上の使用者責任を負う。日本国法上、当該加害行為は公権力の行使に当たるとは認められないから国家無答責の法理は妥当せず、民法715条に1項に基づく損賠賠償義務が生じる。
  • 日華平和条約11条は、連合国による損害賠償請求権の放棄を定めたサンフランシスコ平和条約14条(b)に従うことを定めており、この請求権放棄は、外交的保護権の放棄のみならず、請求権自体を包括的に放棄する趣旨であると解すべき。
  • 中国国民である上告人らの損害賠償請求権は、日華平和条約によって放棄されたと認められるとして、上告人らの請求を棄却。

判決要旨

  • サンフランシスコ平和条約は、個人の請求権含め、戦争の遂行中に生じた全ての請求権を交互に放棄することを前提」としているものであり、これは、「日本国の戦後処理の枠組みを定めるものであ」る。
  • 「ここでいう請求権の放棄とは、請求権を実体的に消滅させることまで意味するものではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまると解するのが相当である」
  • 日華平和条約は、中華人民共和国政府が支配していた中国大陸については、当然にその効力が及ぶとは断定できない」(交換公文に、この条約の条項が、中華民国に関しては、中華民国政府の支配下に現にあり、又は、今後入るすべての領域に適用がある」旨記載)
  • 日中共同声明5項は、「中華人民共和国政府は、日本国に対する損害賠償の請求を放棄することを宣言する」と規定するだけで、中華人民共和国の国民が、個人として有する請求権の放棄を含む趣旨かどうかは、必ずしも明らかとは言えない。」
  • 日中国交正常化交渉の経緯に照らすと,中華人民共和国政府 は、日中共同声明5項を,戦争賠償のみならず請求権の処理も含めてすべての戦後処理を行った創設的な規定ととらえていることは明らかであり、また、日本国政府 としても、戦争賠償及び請求権の処理は日華平和条約によって解決済みであるとの考えは維持しつつも、中華人民共和国政府との間でも実質的に同条約と同じ帰結となる処理がされたことを確認する意味を持つものとの理解に立って,その表現について合意したものと解される。以上のような経緯を経て発出された日中共同声明 は、中華人民共和国政府はもちろん、日本国政府にとっても平和条約の実質を有するものにほかならないというべきである」
  • サンフランシスコ平和条約の枠組みを外れて、請求権の処理を未定のままにして戦争賠償のみを決着させ、あるいは請求権放棄の対象から個人の請求権を除外した場合、平和条約の目的達成の妨げとなるおそれがあることが明らかであるが、日中共同声明の発出に当たり、あえてそのような処理をせざるを得なかったような事情は何らうかがわれ」ない。
  • したがって、「日中共同声明5項の文言上、「請求」の主体として個人を明示していないからといってサンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる処理が行われたものと解することはできない」
  • 「以上によれば、日中共同声明は、サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる趣旨のものではなく、請求権の処理については、個人の請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄することを明らかにしたものというべきである」
  • 日中共同声明は,我が国において条約としての取扱いはされておらず,国会の批准も経ていないものであることから,その国際法上の法規範性が問題となり得る」
  • 「しかし,中華人民共和国が,これを創設的な国際法規範として認識していた ことは明らかであり、少なくとも同国側の一方的な宣言としての法規範性を肯定し得るものである。さらに、国際法上条約としての性格を有することが明らかな日中平和友好条約において、日中共同声明に示された諸原則を厳格に遵守する旨が確認されたことにより、日中共同声明5項の内容が日本国においても条約としての法規範性を獲得したというべきであり、いずれにせよ、その国際法上の法規範性が認められることは明らかである」

論点

(1)サンフランンシスコ平和条約における請求権放棄の意味
  1. 外交的保護権放棄説:国家の権利であるから、放棄するかどうかは当該国家の裁量による。
  2. 手続的権利放棄説:実体的権利まで放棄された訳ではないが、権利を国内で実現するための訴訟法上の権利は消滅=訴訟に応じる法的な義務を負わない。
  3. 実体的権利放棄説:国内法上の個人の請求権は完全に放棄。
  • 本判決では、手続的権利放棄説を支持し、これは政府の見解とも一致。
  • これまでは、国民の権利を国家が放棄することはできず、したがって権利放棄条項を理由として個人の権利請求権の行使を否定することはできないとする見解と実体的権利放棄説に基づく見解と二分。
  • 国内法に基づく権利であるから、これを国家が放棄することは主権の属性として可能。
  • 賠償請求を行う個人の権利が、慣習国際法ないし特定の条約に基づく場合は、こうした理論だけでは解決できない=国際人道法・人権法に基づく個人の損害賠償請求権の場合はどうか。
(2)日中共同声明における放棄
  • 本来の文言解釈=準備作業や声明作成の際の事情等の検討等なしに、「請求権放棄」の意味を検討。
  • 声明の法的効力に関して、日中平和友好条約の前文における言及から同声明の内容が「条約としての法規範性を獲得した」とする→前文の法的意義に関する一般的理解と相違。

サンフランシスコ平和条約 14条
(b)この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する

(b) Except as otherwise provided in the present Treaty, the Allied Powers waive all reparations claims of the Allied Powers, other claims of the Allied Powers and their nationals arising out of any actions taken by Japan and its nationals in the course of the prosecution of the war, and claims of the Allied Powers for direct military costs of occupation.

日華平和条約 第十一条
 この条約及びこれを補足する文書に別段の定がある場合を除く外、日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた問題は、サン・フランシスコ条約の相当規定に従つて解決するものとする。

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【メモ】司法権の限界(統治行為論と部分社会論)

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昔、大学の憲法の勉強会のためにまとめたものが今活きてきそうなので、自分の中での整理のため整理してアップしてみました。

統治行為論

統治行為論とは、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為については、法律上の争訟として裁判所による法律的な判断が理論的には可能であっても、その高度の政治性ゆえに司法審査の対象から除外されるべきとする理論。

主要判例

砂川事件判決では、政治的裁量論と統治行為論を合わせた理論を展開(ただし合憲判断を行っている。)。
苫米地事件判決では、純粋な統治行為論を採用したと言える。論拠としては内在的制約説を採る(後述)

(1)砂川事件判決最大判昭和34・12・16刑集13巻13号3225頁)

【事実】Yらは、米軍飛行場の拡張計画への反対運動の際、境界柵を破壊して飛行場内に入ったため、この行為が、刑事特別法2条違反(正当な理由なく米軍施設に立ち入る罪)として問われた。第一審の東京地裁判決は日米安保条約憲法違反としたうえで、被告人を無罪としたが、検察側は最高裁に跳躍上告した。

【判旨】 破棄差戻し
「本件安全保障条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ高度の政治性を有するものというべきであって、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣及びこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点が少なくない。…従って、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の審査外であって…」

(2)苫米地事件判決最大判昭和35・6・8民集14巻7号1206頁)

【事実】 吉田内閣が1952年(昭和27)年8月28日に行ったいわゆる「抜き打ち解散」に関し、衆議院議員であったXは、本件解散によって議員としての地位を失った結果、歳費を受けられなくなったため、任期満了までの歳費の支払いを求めた。第一審は、Xの請求を認容したが第二審は、請求を棄却したので、Xが上告した。

【判旨】 上告棄却
「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである」「司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による限定はないけれども、司法権憲法上の本質的に内在する制約と理解すべきである。」

学説

統治行為論による憲法判断を回避することを認める根拠について、学説は、自制説、内在的制約説、折衷説に分かれる。

(1)自制説

統治行為は重大な政治問題であり、司法審査を行うことによる混乱が生じて収拾がつかなくなる恐れがあるため、そのような混乱を回避するために、政策的観点から裁判所が判断を控えるべきであるとする説。

(2)内在的制約説(判例

三権分立下の司法権の本質に内在する制約であるとする説。すなわち、政治的に無責任な(民主的正統性の乏しい)裁判所は高度に政治性を帯びた国家行為を審査するべきではなく、国民の意思を尊重し、政治部門に判断を委ねるべきであるとする。

(3)折衷説(芦部・佐藤幸治 

統治行為として司法判断が回避されるべき場合があることは認めつつ、その判断については、様々な要素を勘案して個別具体的に判断するべきとする。

統治行為論に対する批判

裁判所は「統治行為論」の術語を用いたわけではない。そもそも統治行為論とは、行政裁判制度を前提とするフランスの理論であって、一元的な裁判制度をとる日本国憲法とは相容れるものではない。また、統治行為を認めるとしても、裁判所による司法審査を制限するものであるから、その概念と範囲を厳しく制限すべきである。

統治行為は憲法の明文上の根拠もなく、内容も不明確な概念であるから、機関の自律権・自由裁量論で説明できるものは除外されるべきである。

(上記2判例を対比して)純粋な国内的問題であるにもかかわらず司法裁判権は及ばず、対外的・国際的問題についてはそれが及ぶという一種のアンバランスが生じている(大石)

なお、統治行為論を言及した最高裁判例は少ない。議員定数不均衡訴訟では、被告国側は援用するも、採用されていない。下級裁判所においては、主に自衛隊の合憲性につき統治行為論が採用された。(長沼ナイキ事件、百里基地訴訟等)

部分社会論

団体の内部事項に関する行為について、例えば地方議会、大学などの内部紛争に関して、法律上の係争であれば司法審査に服するという原則の例外を認め、純粋に内部事項の場合には、事柄の性質上、それぞれの団体の自治を尊重して、司法審査を控えるべき場合がある。

ここでは部分社会論という考え方が援用されている。これは大学であれば大学内での法規範、協会であれば協会内での法規範、というように多様なコミュニティの中に各々ある自律的な法規範の存在を認め、法秩序の多元性を認める考え方である。このような考え方のもとでは各コミュニティー内での自律な法規範による組織と運営が尊重される。

地方議会

村議会出席停止事件(最大判昭和35・10・19)において、「自律的な法規範をもつ社会ないし団体に在っては、当該法規の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としないものがある」とし、本件懲罰はそれにあたるとした。その一方で、議員の除名処分は単なる内部規律の問題にとどまらない(=市民法秩序につながる)ため司法審査が及ぶとしている(最大判昭和35.10.19)

大学

国立大学の単位認定が争われた富山大学事件(最判昭和52.3.15)で最高裁は、大学は「一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成している」とし、「単位授与行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情がない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的・自律的な判断に委ねられるべき」とした。また、同時に学生が専攻科修了の要件を充足したにもかかわらず、大学がその認定をしないときは司法審査の対象になるとしている。

政党

党員の除名処分の効力が争われた共産党袴田事件最判昭和63・12・20)において最高裁は、政党が結社の自由に基づき任意に結成される政治団体であり、かつ、議会民主主義を支える極めて重要な存在であるから「高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならない」としたうえで除名処分も自律的な解決に委ねるのが相当とした。

なお、「憲法講義 Ⅰ 」(大石)では、団体の内部問題について「司法権の限界」として位置付けるのではなく、「法律上の争訟」の成否の問題として考えるべきだとしている。

参考

【国際法判例】リギタン島・シパダン島に対する主権事件(ICJ判決)

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国際法判例シリーズ。この記事では、リギタン島シパダン島に対する主権事件のICJ判決についてまとめています。

【事件名】リギタン島シパダン島に対する主権事件

【当事国】インドネシア v. マレーシア 

【判決日】国際司法裁判所(ICJ)判決:2002年12月17日

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事実と経過

  • マレーシアは、無人島だったボルネオ島北東のリギタン島シパダン島に観光施設を建設し、自国領として主張。
  • インドネシアは、英蘭条約(1891年)4条を根拠に領有権を主張。同条によると、ボルネオ島内の蘭領と英保護領の境界線は、東岸北緯4度10分の地点からスバチク島を横切り同緯度に沿って東方に続くものとされたが、インドネシアは、当該境界線がスバチク島東岸にとどまらず、さらに東方の2島まで続き、同緯度より南の2島はボルネオ島の付属として自国に帰属するとした。
  • マレーシアは、2島に対する主権は、スル王からスペイン、アメリカ、イギリス、自国へと承継されてきたと主張。また選択的に、もし2島がオランダ領であったとされた場合でも実効的支配によって権原が自国に移ったとした。また英蘭条約4条の「スバチク島を横切りacross」とは、同島西岸から東岸で終わるという意味であり、その東方にある2島は含まれないとした。
  • 両国は国際司法裁判所(ICJ)の管轄権を受諾していなかったため、2島の主権の所在を裁判所に付託する協定を1996年に締結。

判決要旨

  • マレーシアよるリギタン島及びシパダン島に対する領有意思は相当期間に渡って示されており、したがって実効的支配を根拠に2島に対する主権はマレーシアに帰属する。

1891年の英蘭条約4条の解釈

  • 条約法条約第31条及び第32条は国際慣習法を反映。よって条約法条約の当事者でないインドネシアにも適用可能。
  • 同条約第4条の「横切りacross」という文言からは、境界線がスバチク島東岸で終わるのか、そこから東方まで続くとも明らかでない。曖昧ないでない規定も可能であったのにそうしていないのはマレーシアに有利である。よって条文(text)の解釈では決定できない。
  • 同法批准のためにオランダ議会に提出された法案付属の地図は、2島について触れていない。また、英国に伝達されておらず、反応もなかったため黙認されたとも言えない。よって同地図は条約法条約31条2項の関係合意でも関係文書でもない。
  • 条約の「趣旨及び目的(object and purpose)」について、同条約の前文は「ボルネオ島内(in)」という文言から同島より東方についてまで定める目的を持つものではない。
  • したがって、英蘭条約4条は2島に対する主権を確定する領土分割線を定めたものではない。

マレーシアの権原承継

  • 1878年にスル王からスペインに譲渡した島に2島の名前はない。
  • 1900年米西条約で、スペインがアメリカに譲渡した島にも2島の名前はない。
  • 1930年英米条約で、アメリカは2島への主権を主張しておらず、それがイギリスに譲渡されたとは明言できない。
  • したがって、イギリスから独立したマレーシアによる権原承継の主張は認められない。

実効的支配(effectivites) の問題

(1)考慮すべき要素
  • 実効的支配に基づく主権の主張は、主権者として行動する意図と意思(intention and will)及び主権の行使(actual ecsercise)が必要である。
  • 人口の希薄な地域(thinly populated or unsettled countries)については、他国が優越する主権を主張していない限り主権の行使はわずかで良い(PCIJ 東部グリーンランド事件判決)
  • 決定的期日(両国が権利を主張し始めた1969年)以前の行為が考察されるが、それ以降の行為であっても、以前から続く行為であり、自己の法的立場(legal position)を有利にするため取られたものでない行為は考察される。
  • 考察される行為が一般的性格の立法的・行政的行為の場合、その文言や趣旨から2島が特定される場合は、実効的支配を構成する行為といえる。
(2)具体的検討
  • オランダ=インドネシア海軍による偵察及び漁民の活動は、2島がその主権下にあるとみなしていたとを証明しない。
  • 群島基線を定めた1960年のインドネシア法は2島に触れていない。
  • 米国が1930年条約で諸島を放棄したとき、どの国も主権を主張せず、北ボルネオ=イギリスの管理に抗議しなかった。
  • 北ボルネオは、1917年ウミガメ保護令によりシパダン島等でのウミガメ捕獲と卵の採取を許可制にし、1954年の許可の対象には2島が含まれていた。
  • 北ボルネオによる、1933年の土地令の鳥類保護区の対象にシパダン島が含まれていた。
  • マレーシアが2島に灯台を建設した際(1960年代初頭)、インドネシアはその土地が自国領であると指摘しなかった。(ただし、通常は灯台建設は主権の行使とはみなされない cf.カタールバーレーン事件判決)
  • したがって、マレーシア=イギリスによる立法的・行政的、準司法的行為(legislative, administrative and quasi-judicial acts)は相当期間( a considerable period of time)継続し、かつ、2島に主権を行使する意思が明確に示されている。よって、実効的支配を根拠に2島に対する主権はマレーシアに帰属する。

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