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【国際法判例】ジェノサイド条約上のジェノサイドの申立て事件(ウクライナ対ロシア:ICJ仮保全措置命令)

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国際法判例シリーズ。この記事では、ジェノサイド条約上のジェノサイドの申立て事件のICJ仮保全措置命令についてまとめています。

【事件名】ジェノサイド条約上のジェノサイドの申立て事件(ウクライナ対ロシア)

【当事国】ウクライナ v. ロシア 

【決定日】国際司法裁判所(ICJ)仮保全措置命令:2022年3月16日

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事実と経過

  • 2014年のクリミア危機以来、ウクライナ東部のドンバス地方は、ウクライナ軍と親露派武装勢力よる紛争状態にあったが、ロシアは、2021年11月頃からウクライナ国境において軍備の増強を開始。
  • 2022年2月21日、プーチン大統領は、ウクライナ東部のルハンスク及びドネツクにおいてジェノサイドが行われているとして、親露派武装勢力が支配する「ルハンスク人民共和国」及び「ドネツク民共和国」の独立を承認する大統領令に署名。同時にロシア軍による両「共和国」での「平和維持活動」を指示した。
  • 22日、ロシア連邦議会は、「ルハンスク人民共和国」及び「ドネツク民共和国」との間で友好協力相互援助条約を批准。
  • 24日、プーチン大統領は、両条約の履行において、「8年間にわたりキエフ政権からの愚弄とジェノサイドに晒されてきた人々の保護」するため「特別軍事作戦(special military operation)」を決定し、ウクライナ侵攻を開始した。
  • 同時に、ロシア国連常駐代表は、両「共和国」との友好協力相互援助条約に基いて開始された「特別軍事作戦」は、国連憲章第51条に規定された自衛権を行使するものである旨の書簡を国連事務総長に提出。
  • 26日、ウクライナ政府は、国際司法司法裁判所(ICJ)に対して、ジェノサイド条約を根拠としてロシアを提訴した。同時に、ウクライナは仮保全措置をICJに対して要請した。

本案の請求内容

ウクライナは、本案においてICJに対して以下の事項を請求した。

  1. ロシアの主張に反して、ジェノサイド条約第3条に定めるジェノサイド行為は、ルハンスク及びドネツクにおいて行われていなかったことの判示及び宣言
  2. ロシアは、ルハンスク及びドネツクにおけるジェノサイドの虚偽の主張に基づき、ウクライナに対して、ジェノサイドを処罰する又は防止することを目的として、ジェノサイド条約上のいかなる行為も適法に行うことができないことの判示及び宣言
  3. 2022年2月22日に行われたロシアによるいわゆるドネツク民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」独立承認は、ジェノサイドの虚偽の主張に基づいており、それゆえジェノサイド条約上に根拠を持たないことの判示及び宣言
  4. 2022年2月24日にロシアによって開始された「特別軍事作戦」はジェノサイドの虚偽の主張に基づいており、それゆえジェノサイド条約上に根拠を持たないことの判示及び宣言
  5. ジェノサイドの虚偽の主張に基づき、ウクライナに対して武力の行使を含むいかなる違法行為を行わないことの保証のロシアへの要求
  6. ジェノサイドの虚偽の主張に基づき取られた行為の結果、ロシアによってもたらされたすべての損害の完全な賠償の命令

第3条 処罰すべき行為

 次の行為は、処罰する。

(a) 集団殺害

(b) 集団殺害を犯すための共同謀議

(c) 集団殺害を犯すことの直接且つ公然の教唆

(d) 集団殺害の未遂

(e) 集団殺害の共犯

保全措置の請求内容

ウクライナは、仮保全措置としてロシアに対して以下の事項を命令するようICJに要請した。

  1. ルハンスク及びドネツクにおけるジェノサイドの防止及び処罰を目的及び目標として2022年2月24日開始された軍事作戦を即時に停止すること
  2. ロシアによって指示又は支援される軍隊又は非正規軍事組織及び支配、指示、影響下にある軍事組織及び個人が、ウクライナによるジェノサイドを防止又は処罰することを目的及び目標とした軍事行動をこれ以上行わないことを即時に確保すること
  3. 本件紛争を悪化、拡大し、又はその解決をより困難とするいかなる行動も取らないことを保証すること
  4. 保全措置命令の履行状況に関する報告書を定期的に裁判所に提出すること

論点

管轄権の問題
  • ロシアはICJ規定第36条2項の管轄権受諾宣言を行なっていないため、ウクライナによる一方的な提訴は認められない。また、国連憲章第2条4項違反の武力行使を理由として管轄権を認める条約や国際協定も存在しない。

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  • ウクライナは、ロシアも締約国であるジェノサイド条約の第9条を管轄権の基礎として主張。同条によれば、締約国は、同条約の「解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争」についてICJへの提訴が可能

第9条(紛争の解決)

 この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争は、集団殺害又は第三条に列挙された他の行為のいずれかに対する国の責任に関するものを含め、紛争当事国のいずれかの要求により国際司法裁判所に付託する。

  • ジェノサイド条約第2条は、ジェノサイドの定義を規定しているが、これまでの判例上、これらの構成要件を充足するかについては厳しく審査。実際、ロシアによるウクライナ侵攻が、「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図」を持って行われたことを立証することは極めて困難
  • 従って、ウクライナは、「ロシアがウクライナに対してジェノサイドを行なっている」というある意味で正攻法による主張は取り得ない(ただし、訴状のパラ24は、ロシアがウクライナにおいてジェノサイドを行なっていることについても示唆。)。

 第2条 定義

 この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもって行われた次の行為のいずれをも意味する。

(a) 集団構成員を殺すこと。

(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。

(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。

(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。

(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

  • そこで、ウクライナは、虚偽の主張に基づき、ジェノサイドの防止及び処罰のために軍事行動を取ることは、締約国にジェノサイドの防止及び処罰を義務付けるジェノサイド条約第1条の濫用であると主張。

第1条 国際法上の犯罪

 締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを、防止し処罰することを約束する。

  • 具体的には、(1)ロシアが主張するようにウクライナでジェノサイドが行われていたか、(2)ロシアがジェノサイド条約第1条に基づいて「ジェノサイドを防止及び処罰する」ためにウクライナに対して軍事行動を取ることができるかという点において、同条の解釈及び適用についてロシアとの間で異なる見解が存在すると主張した。
  • なお、紛争の存否の問題については以下の判例を参照。

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  • 加えて、ジェノサイド条約第8条の解釈及び適用についても、ロシアが国連憲章によらない一方的な軍事行動をとることができるかという点について争いがあると主張。

第8条 国連による措置

 締約国は、国際連合の権限のある機関が集団殺害又は第三条に列挙された他の行為のいずれかを防止し又は抑圧するために適当と認める国際連合憲章に基く措置を執るように、これらの機関に要求することができる。

保全措置の要件
  1. 一応の(prima facie)管轄権があること
  2. 保護される権利のもっともらしさ(plausibility)要請する措置の関連性(link)があること
  3. 回復不能な損害の危険と緊急性があること
  • 要件2について、ウクライナは、ジェノサイドの虚偽の主張にさらされない権利及びジェノサイド条約第1条の濫用に基づいた軍事行動にさらされない権利を保護されるべき権利として主張。
  • その上で、こうした権利を保全する唯一の方法は、ロシアによる軍事行動を停止することであり、権利と要請された仮保全措置の間に明白な関連性が認められると主張した。
  • 3月7日に実施された口頭弁論にはロシアは不出廷であった。その後、ロシアは書面にて、「特別軍事作戦」は、国連憲章第51条の集団的自衛権に基づくものであり、ウクライナが管轄権の基礎として主張するジェノサイド条約の範囲外であるため、裁判所は一応の管轄権すら持たないことを主張した。

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保全措置命令

  • 3月16日、ICJは以下の仮保全措置命令を決定した。
  1. ロシアは、2022年2月24日に開始した軍事作戦を即時停止しなければならない。(13対2、中露の裁判官が反対)
  2. ロシアは、自国によって指示又は支援されるあらゆる軍及び非正規武装組織並びに管理又は支配される組織及び個人が、これ以上軍事作戦を進めないことを確保しなければならない。(13対2、中露の裁判官が反対)
  3. 両国は、紛争を悪化及び拡大させ、紛争解決をより困難にするような行動を取ってはならない。(全員一致)
一応の管轄権
  • ジェノサイド条約第9条による管轄権設定のためには、同条約の解釈、適用又は履行に関する紛争の存在が必要。紛争の存在を確認するために、当事国政府による両国間ないし多数国間のやりとりにおける声明や文書を考慮する。その際には、声明・文書の主体、名宛人及び内容に特別の注意を払う。
  • 2014年以来、ロシアはドネツク・ルハンスク地方におけるジェノサイドについて言及してきたのに対して、ウクライナはこれを否定してきた。
  • 現段階において、ジェノサイド条約上の義務違反があったかを確認する必要はない。また、両国のやりとりにおいて特定の条約について言及される必要はなく、紛争の主題(subject-matter)が認識できる程度の十分な明確性を持った主張がなされる必要がある。
  • 裁判所は、両国の機関や高官による声明から、ルハンスク・ドネツク地方においてジェノサイド条約の義務に違反するジェノサイドというに足りる行為があったかどうか、及びロシアによる武力の行使は、ジェノサイドの防止と処罰を規定した同条約第1条の履行であるかどうかについて、見解の相違があると考える。
  • ロシアは、「特別軍事行動」は、国連憲章第51条及び国際慣習法に基づくものであると主張する。しかし、ある特定の行為又は不作為が、複数の条約における紛争を生み出すことは可能であり、ロシアの同主張によって裁判所の一応の管轄権が否定されるものではない。
保護される権利のもっともらしさと要請する措置との関連性
  • ジェノサイド条約第1条は、ジェノサイドを防止及び処罰する義務を履行するために締約国がどのような手段をとることができるか特定していない。しかし、締約国は、条約第8条、第9条及び前文を考慮しつつ、同義務を誠実に(in good faith)に履行しなければならない。
  • 同条約第1条のジェノサイドを防止及び処罰する義務の履行は、国際法によって許容された枠内によってのみ取り得ることができる。また、そのような行為は、国連憲章第1条の精神と目的に適合するものでなければならない。
  • ジェノサイド条約は、その趣旨及び目的に鑑み、ジェノサイドの防止及び処罰のために他国の領域において一方的な武力の行使を認めていることは疑わしい(doubtful)。
  • このような状況において、ウクライナは、自国領域におけるジェノサイドの防止及び処罰を目的とするロシアによる軍事作戦にさらされないというもっとももらしい権利を有する。また、その権利と要請する措置との間にも関連性が認められる。
回復不能な損害の危険と緊急性
  • いかなる軍事作戦、特にロシアによるウクライナに対する規模の軍事作戦は、生命の損失、精神及び身体の損傷、財産及び環境の損害を不可避的にもたらすものである。
  • 紛争の影響を受ける文民は極めて脆弱な状態にあり、ロシアによる「特別軍事作戦」は、多くの死傷者を生み出している。建築物やインフラの破壊といった重大な損害が行われており、継続する攻撃は、文民の生活環境をますます困難にしている。この点、裁判所は、3月2日の国連総会決議に留意する。
  • 以上から、回復不能な損害の危険と緊急性が認められる。

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