国際法解説シリーズ、武力紛争法その1。この記事では、紛らわしい概念である戦時国際法ないし武力紛争法と国際人道法、それから国際人権法の相違、またジュネーブ法とハーグ法の概念など総論的なところをまとめています。
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戦争法から武力紛争法へ
戦争に関する法の区分:伝統的には開戦法規(jus ad bellum)と交戦法規(jus in bello)に分類されてきた。
- jus ad bellum:戦争に訴えることの合法・違法を規律する法。近世初頭のグロティウスなどの関心事項。合法な戦争とは何か=正戦論。現代国際法においても、例えば武力攻撃が自衛権の行使によって正当化されるかというのは jus ad bellumの問題。
- jus in bello:戦時における交戦国の戦闘行為を規律する法。戦争法・戦時国際法及び国際人道法とも呼ばれる。平時と戦時において法秩序が切り替わるという近代国際法の発想。
武力紛争法と国際人道法及び国際人権法
- 戦争に関する法は戦争法(law of wars)と伝統的に呼称されてきたが、戦争が違法化された現代国際法では、武力紛争法(law of armed conflict, LOAC)と言い換えられるようになった。また、戦時国際法と呼ばれることも多い。
- 武力紛争法(ないし戦時国際法)は、国際人道法(International Humanitarian Law, IHL)ともしばしば互換的に用いられる。例えば、国際赤十字委員会(ICRC)は武力紛争法の人道法的側面を重視し、国際人道法と呼称するよう奨励している。しかし、武力紛争法は必ずしも人道法のみならず純粋な交戦規則も含んだ法体系であるため一概に人道法とは言えない側面がある。
国際人権法と国際人道法の適用関係
- 国際人権法(International Human Rights Law, HRL)は、伝統的には平時に適用される法であり、戦時に適用される国際人道法とは区別されてきた。
- ICJは、核兵器使用の合法性事件(1996年)においては、恣意的な生命の剥奪(arbitrary deprivation of life)の解釈について、国際人権法が直接適用されるわけではなく、特別法(lex specialis)である戦時における国際人道法の規定を参照すると判示した。パレスチナの壁事件(2004年)においては、特別法たる国際人道法と人権法の両方を考慮しなければならないとした。
- 他方で、この特別法の意味は必ずしも明らかでなく、後のコンゴ領域における武力活動事件(2005年)において、ICJは、特別法に言及することなく、人権法の人道法の双方を考慮しなければないと判示した。
武力紛争法の適用根拠
- 現代国際法は戦争を違法化:この状況下で武力行使の手段や方法を規制し、また戦闘員や文民を保護するための「武力紛争法」あるいは「国際人道法」の存在を認めることは法的矛盾。
- 人道的要請:一度、武力的措置が取られるときは一定規模の戦闘行為が展開、その被害と惨禍を最小化することが必要。「人道の最優先的考慮」(パレスチナの壁事件)
- 武力紛争法の平等適用:全ての敵対当事国について平等に適用ー侵略国と被害国の区別なし。ex.ジュネーブ諸条約第一追加議定書(前文)武力紛争時の戦闘員・文民保護の必要性。
武力紛争法の規範的特質
(1)軍事的必要と人道原則 military necessity principle of humanity
- 相手国の戦力を弱めるために必要な軍事力の行使を原則的に許容しつつ、他方、そのために必ずしも必要でない武力の行使は人道的考慮からこれを制限。
- 伝統的戦時国際法においては前者が大きな比重を占める ex.「戦時中に国家が達成するために努めるべき唯一の正当な目的は敵の軍事力を弱めること」(サンクトペテルブルク宣言・1868年)
(2)人道原則の強化
- 戦争や武力行使の違法化された現代の武力紛争法は何よりもその惨禍を防止することにあり、人道原則が優先されなければならない。
- ジュネーブ条約第一追加議定書51条5:当該攻撃によって予想される「軍事的利益との比較において」文民や民用物について生じる付随的被害が「過度」となる攻撃は無差別攻撃とみなして、これを新たに禁止。
- 同56条1:危険な威力を内蔵する施設はたとえこれらのものが軍事目標となる場合であってもそれへの攻撃が文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは攻撃の対象としてはならない。
(3)ハーグ法とジュネーブ法の統合化
- 武力紛争法は伝統的にはハーグ法とジュネーブ法に分類。区別はされるが密接に関連、実体的識別基準としての有用性は消滅しつつある。
- ハーグ法:交戦当事者の戦闘行為や戦闘手段を規制する。当事国の行為・行動を規制するという点で主権志向的。ex. ハーグ陸戦条約 Hague Convention (1899年採択、1907年改定)
- ジュネーブ法:傷病者、捕虜、文民などの戦闘犠牲者の保護。人の保護という点で人道志向的。ex. ジュネーブ諸条約 Geneva Conventions(1949年):戦前の赤十字条約等を4本の条約に統合。4条約の各1条から3条は共通の規定。1977年に第一及び第二追加議定書、2005年に第三追加議定書が加えられた。
(4)総加入条項の撤廃
- 総加入条項 general participation clause:当該戦争の交戦国の全てが締約国である場合に限ってその条約が適用される旨を定める条項。ex.1907年のハーグ陸戦条約第2条
- 非締約国が無制限の武力を講じうることに対し、優劣を除去することを目的。ただし、慣習法たる条項はその適用を受けない ex.東京水交社事件
- 交戦国の増大から適用性を著しく縮小。ex.ジュネーブ4条約および第一追加議定書はこれを排除、非締約国たる当事国がこれを受容した場合当該条約に拘束される(2条・追加議定書96条2)
(5)条約規則の慣習法性
パレスチナの壁事件では非締約国のイスラエルに対し、ハーグ陸戦条約の諸規定の慣習法性を認定し、その違反を認定。
武力紛争法の適用範囲
(1)国際武力紛争
- 「二以上の締約国間に生じる全ての宣言された戦争またはその他の武力紛争」に適用(ジュネーブ4条約共通第2条)
- 第一追加議定書は、植民地支配、外国の占領支配および人種差別体制に対する自決権の行使としての武力闘争を国際的武力紛争のカテゴリーに含める(1条4)
(2)内戦
- ジュネーブ諸条約共通第3条:国内における反政府団体は、「交戦団体」承認をしない限り、国際法上の交戦法規は適用されない。 ex.捕虜にならず罪人となる
- 同条は内戦にける最低限の規定を設定。生命身体に対する虐待・拷問等の禁止、個人の尊厳の侵害および裁判によらない処罰の禁止等。
- 第2追加議定書(1977年):第一追加議定書の対象とならない紛争で、締約国の領域内で発生する政府軍と反乱軍その他の武力集団との間の紛争に適用される。
- 敵対行為の直接の当事者でないものに対する人道的保護、武力紛争を理由に自由を剥奪されたものの保護、一般住民の安全の強化など保護すべき義務の範囲を拡大。